あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

思い出をたどってみた話。

先週末、実家に帰省していた。

少し、以前に記事にも書いたのだけれど、今、祖父の容態が良くない。現在祖父は入院中で、意識も無い。脳出血に加えて、肺気胸もあって心臓の圧迫も懸念されていた。当初のお医者さんの話では、持って一週間だということだった。

ところが、祖父の容態は依然良くはないものの、現在では、脳内の出血は止まり、気胸も落ち着いた状況。肺炎症状もあったが、これも収まってきており、肺機能が徐々に回復してきている模様。

これだけ見れば快方に向かっているようにも思えるが、さすがに意識は無いままだし、高齢ということもあり、身体的な機能として完全に回復してきているわけではないみたい。一旦、現在は、個室から大部屋に移ったので、しばらく様子を見て、より実家に近い病院に転院できれば、という感じらしい。

なので、こちら側の状況自体はあまり変わらず、未だ気の抜けない感じだったりする。ちなみに、このパンデミックの状況もあり、院内での面会は全面的に禁止され、今回の帰省では祖父にも会うことはできなかった。

その代わりと言ったらなんだが、実家に一人残った祖母に会い、子供たちの顔を見せに行ってきた。

実家では、娘は、実家の庭に咲いている花を摘んだり、息子は、庭でサッカーボールを蹴ったり、思い思いの楽しみ方をしていた。

そして、私が大学生の時に亡くなった父の墓参りにも行ってきた。墓地に続く道は、私が小学生時代や中学生時代に、幾度となく通学する際や友達と遊ぶ際に通った道だ。

お墓参りをして、その帰り道のこと。ふと、思い出して、子供を連れて寄り道をしてみた。小学生の頃、よく一緒に遊んだ友達の家。幾つかの家はあの当時のままだったけれど、幾つかの家は、もう引っ越しがされていて無くなっていた。なんだか寂しい。でも、私だってもう実家には住んでいないのだ。

思い出したように、公園に向かった。小学生の頃、約束をしたわけでもないのに集まって、一緒にゲームボーイをやったり、なけなしのお小遣いで近くの自動販売機でニッキ飴を買って飲んでみて、案の定子供の味覚には合わないので申し訳ないがその辺りに吐き出させてもらったり、水飲み場で風船に水を入れて満タンにした後に上空に投げて水風船バクダンを量産させたりして遊んだ公園だ。公園はまだあった。

そんな、かつて自分が小さい頃に遊んでいた公園で、自分の子供が今こうして、同じようにブランコに乗ったり追いかけっこをしたりしているのを見ると、不思議な思いがした。

それから、その公園の近くには、なぜか競走馬の飼育場というか休養施設みたいな場所があった。小さい頃は、何も用事が無いのに、よくそこに行っては、綺麗な競走馬を眺めていた。今回、そこにも行ってみた。

公園と同じで、もう何十年ぶりになるけれど、その施設はまだ開いていて、そして、綺麗な毛並みの、筋肉の引き締まった馬たちがそこにいた。もちろん当時とは違う馬だろうけれど、なんだか懐かしいような、胸がホッコリする気分だった。

子供たちは、動物園とは違って、初めてこんなに間近で馬を見たのかもしれない。息子は、少し怖がって「もう帰ろう」と言っていたが、娘は美しい馬に見惚れていたのか、なかなか帰ろうとしなかった。

実家に戻ると、もう昼過ぎになって夕方近くなっていた。

「もう帰ろうか」

そう言って、同行してくれた母と、実家の祖母に挨拶をして、実家を後にした。あと、どれくらいの時間、こんな時間が過ごせるのだろう。

祖父も、祖母ももう若くはない。そして母も若くない。私も、そう頻繁にはここに足を運ぶこともできない。物理的にも、残された時間的にも。

思い出は思い出として、心を温かくするけれど、そこに暮らす人も居るし、そこに暮らし続けると決めた人も居る。他方で、私のように、そこを離れて暮らすと決めた人も居る。

過去は過去として終わったものではないのが、家族というコミュニティの、難しい問題だ。家を出たからそれでいいというわけではない。ましてや、親父という一親等を失った私の今の状況では特に。

何にもない田園風景。昔と今とでその見え方は異なる。これは過去の懐かしい思い出話ではなく、今を生きる自分の人生の話だからだ。きっと、ノスタルジックな気分に浸っている場合ではないのだ。

いずれまた、この実家に顔を出して、具体的に、この家をどうしていくのか、ここに残る人たちはどうしていくのか、考えたり決めたりしなければならない。そんな日が訪れるだろう。先延ばしはできない。準備が何より大事だ。

私も、やるべきことをやっておかないと、と、実家に帰省すると毎回思うのだ。取り留めもない話だけれど、以上。