あさぶろ日記

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宝くじと同僚Nさんに見る心理的安全性の話。

突然だけれど、このCMが好きだ。

CMでは、神木君の洋服がどれだけ汚されても「大丈夫」と言い、服の下で密かに、防水のカードケースに入った宝くじの券を身に着けていることを思い出して「だって宝くじあるもん」と結ぶ。

私は、宝くじは買わないが、このCMにあるように、心のなかに「何があっても絶対的な安心」のようなものを持っておくことは、素敵なことだなと思う。

以前、「心理的安全性」について記事にしたが、これに近いものだ。

仕事をするうえで、心理的安全性があると、とても働きやすい。

ところで、今の私の職場は、働きやすい。

その最も大きな理由は、上司や同僚に恵まれているからだ。任せてくれる。ある程度は自由にやっていい。そういう裁量を与えられているからこそ、仕事上の楽しみというか、やりがいが生まれるように思う。それと同時に、やはりこの「心理的安全性の高さ」というのもあると思うのだ。

職場によっては「自由にやっていい」というところは多いだろう。けれど、それだけでは働きやすさに直結しない。「自由にやっていい」ということとセットで、「失敗しても自分一人が責任を負うわけではない」とか「失敗よりもチャレンジしたことが評価される」とかの要素が無いと、そうはならない。

言わば、セーフティネット(社会的な政策の意味ではなく、どちらかと言うと、救済のための単なる網といった意味だ)のような「ミスっても大丈夫、大丈夫」というものだ。

たとえ自由にあれこれやったとしても、「何でこんなことしたの?」と詰められたり、それが失敗して「何迷惑かけてるんだよ」とか「お前、今年のボーナス無しな」とかになったら、働きやすい職場にはならない。というか、失敗を恐れて誰も挑戦はしなくなる。攻めた仕事をしなくなると、チームは保守的になり閉塞的になり、結果、人が辞めていく。

だから、「自由にやっていいこと」+「セーフティネット的なもの」が無いと、真に働きやすい状態にはならない。私はそう思う。

今の私の環境では、分からないことや問題にぶち当たったときは、とりあえず調べてトライしてみる風土がチームにある。それは直接の結果としては無駄になることも多いけれど、それでも「無駄なことしたなぁ、お前」とはならない。ありがたいことに。

そして、そういうことが許されるのは、報告しやすい上司と、相談しやすい同僚が居るからだ。その同僚というのが、タイトルにも入れ込んでしまったが、Nさんだ。

Nさんは、私と同じ時期にこの会社に転職してきた。だが、年齢は私よりもだいぶ上で、この道のキャリアとしては長く、豊富な業務経験がある。何かあると相談しやすい。技術的なことももちろんだが、何でもないことでも意見を交換したいと思える。そう思わせる気軽さが、彼にはある。

私と同様に、Nさんも小さいお子さんが居るパパのため、現時点の家庭環境が近いというのもある。日常の些細なことを雑談することもしばしばある。このようなパンデミックによって、リモートワークになってからも、たまにチャットで他愛もない会話をしたりする。

Nさんの良いところは、ざっくばらんで、人に対して偉ぶらないし、変にかしこまったりしないところだ。一応、私も、この仕事に関して多少のキャリアがあるので、立場的にはNさんとそう変わらないが、そうは言ってもNさんのほうがベテランだ。

しかし、Nさんは、私に対して何か偉そうに作業の指示をしたりだとか、作業方針について強く押し付けたりすることはない。あくまで、私のやり方をそのまま受け入れてくれる。もちろん、意見の相違やアドバイスを頂くことはあるが、それでも基本的には、「とりあえずやってみよう」という雰囲気があるのだ。

そして、私が何かミスをしたり、あるいは部署として不都合な結果を受け入れなければならない場合であっても、Nさんは率先して守ってくれる。他部署との侃々諤々なやりとりでも、前面に立って戦ってくれるのだ。何とも頼もしい先輩だ。それを一言で表すなら「味方」と言うものだろう。味方が居ると、本当に働きやすい。

そういった方が、同僚として先輩として居てくれるからこそ、味方が居てくれるからこそ、とても働きやすい環境になっている。私はそう思う。他にも、理解ある、報告しやすい上司も居るが、これ以上は長くなってしまうので別の機会にそれは譲ろうと思う。

ただ、そのような素晴らしい方々と一緒に働けていることは、「幸運」と呼ぶ以外、他にない。

私もいくつかの会社を経験してきた中で、決してそうは思えない環境がたくさんあった。心理的安全性など考える余地すらなく、毎日がストレスでキリキリと胃が痛み、同じチームとはいえ会話もなく殺伐とした雰囲気の中で、事勿れ主義の空気が蔓延していて、とにかく問題が起こらないように前例だけをなぞることしかしない。そんな職場は、たしかにあった。

そういった環境では、到底「味方」などと呼べる存在は皆無だ。誰もが自分の利益を最優先で考え、少しでも不利益になることはしない。全体の利益より個人の利益だ。同僚同士でも、足の引っ張り合いか、困っていても手助けもせずに自滅する様を見て内心でホッとしていたりする。そういった環境も、実際あった。

自分が経営者だったり、ある程度上から全体をマネジメントする立場であれば、部下を育てたり人材採用することで、働きやすい職場を形成することは可能かもしれない。けれど、大抵の勤め人は、結局のところ「ガチャ」の要素が強いのだ。

就職した会社、配属された部署、転職した会社、赴任した支店、参画したチーム、そこで出会う人たちは、自分で自由に選ぶことはできない。任される仕事も、自分が望んだ形で得られるわけではない。

私は上で「幸運だった」と述べたのも、現時点ではそうであると確信を持っているが、正直なところ今後は分からない。いきなり、同僚Nさんが異動や転職して居なくなるかもしれないし、彼の性格が豹変したりすることもあり得る。上司だって変わってしまう可能性もある。

結局のところ、運、になってしまう。だから、幸運か、不運か、という判断が生まれてしまう。

しかしながら、冒頭で紹介した宝くじのCMでもあったように、何か一つ、自分の武器というか、心の安定につながる何か、を持つことがきるなら、もしかしたら「不運だ」と感じてしまう環境に身を置くことになっても、そこから自分を守ることができるかもしれない。

それは人によって違うだろう。誰にも負けない専門分野かもしれない。圧倒的な仕事のスキルかもしれない。本業など霞むほどに卓越した副業のスキルかもしれない。それとも、どんな人でも仲良くなれる人となりや、見聞きした人がアッと驚く文才やプレゼンのノウハウかもしれない。もしくは、仕事だけではない。趣味や家族が、心の安定につながることもあるだろう。「これやっているときが本当に幸せ」とかでも良いと思う。

CMにあった、宝くじのような存在。自分だけの、そういった心の安定を維持できるような「何か」を持つことで、多分もう少し生きることが楽になる。そんな気がするのだ。

「宝くじは買わなければ当たらない」

そんな言葉があるけれど、ガチャに外れて「ついてねぇなぁ、不幸だな」と思う前に、自分だけの「心の安定」を大事にするのも良いかもしれない。それが今もし、手元に無いのであれば、とにかく探して試してみるのも大事なのかも。とそんなことを思った。頭で考えて、ただ手をこまねいているよりも、まずは行動してみちゃったりする方が良い結果を招くこともある。

あっ、別に宝くじの購入を勧めているわけではないですよ。上でも書きましたが、私は買わないですしね、宝くじ。

その上で、会社なんかに心を縛られずに、どこでも戦っていける武器や、いくら傷ついても究極の癒やしを確保できていられるような、そんな生き方ができたら素敵だなと思う。おしまい。