あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

酒癖の悪さに見る、血の繋がった男同士の関係の話。

実はあまり触れたくない話題。
だけど書く。これを深掘りすることで、未来を明るくする助けにしたいからだ。

かなり長くなります。
そしてちょっと、暗い内容も含まれます。


実家の家族のこと。

まず前提として、家族の話。
実家の家族のことだ。

私の父はもう居ない。他界している。私が大学生の時に、病で亡くなった。

そして母は健在で、今は私の弟と一緒に暮らしている。しかし生活の拠点は、私の実家ではないところにある。賃貸アパートを借りて、そこに住んでいる。私の実家のほうは、祖父母が生活している。一緒に住んではいないのだ。その背景は、端的に言えば、母が実家に住みたくないためだった。

なぜか。それは、母にとっては亡き夫の思い出や身の回りのものがそのままの状態で残ったあの家で暮らすことが、かつての日々を思い出してしまい、あまりに辛いからということだった。

また、子供である私からすれば、それ以外にも祖父母と母との関係もその一端にあるように見えていた。母は、実家のあの家に嫁いでから、祖父母からは実の娘のように扱われてきた。

これは必ずしも良い意味というわけではない。実の娘のように呼び捨てにされ、実の娘のように何の構いもなく雑用を頼み、実の娘のように感謝の気持ちも表現すらしないで、自身の身の回りの世話をすることを当然と考えて接するのだ。

優しい母。

私は生まれた時からそういう中で育ったので、そういう風景というか関係性が当たり前だと思っていた。だが、年を重ね、成長し、様々な家族の関係を知っていくうちに、それが当たり前でないことに気付いた。世の中には、嫁いできたお嫁さんに対して、敬意を払う家があること。実の子だからと言って、ぞんざいに扱っていいものではないこと。うちの実家が異常か異常ではないかという話ではなく、多様性を知るようになった。

だからというわけではないが、長年、祖父母からの厚かましい注文に耐え続けてきた母が、父の死をきっかけに、実家を出たいと言い出しても、それは仕方のないことなのだろうなと私は思った。祖父母にとっては実の娘のように思っていたとしても、母からすれば、既に夫も居ないし、血の繋がりもなく特段仲良く一緒に遊んだりもしない人たちから自分のことをこき使われるという環境に、どうして変わらずに身を置き続けなければならないのか、という思いが生じても不思議は無いからだ。

とは言え、母は優しい。実家とは離れた場所に暮らすと言っても、車で10分程度走ればすぐに駆けつけることができる場所を選んだ。こき使われていようとも、祖父母のことは心配で週に一、二回は実家を訪れ、気にかけているようだった。そして現在は、高齢のために祖父母がどちらも生活の足を無くしたことで、よりその頻度を上げている。

内心、母がどう思っているかは分からないが、祖父母のことが嫌いで嫌いで仕方なくて、という感じには見えない。恐らく好きではないだろうが、それよりも、義理とはいえ親子関係があるし、心配だからまだ関係を維持しているように見える。まあ実際のところは分からない。

一つ確実に言えることは、母は本当に優しいということだけだ。

弟のこと。

そして、今回の本題なのだが、そんな母と一緒に暮らす弟のことだ。

彼は、生まれてこの方、地元を離れたことはない。年は私の二つほど下なので、もう既に三十代。そして独身だ。定職には就いており、その賃貸アパートから仕事に行くが、身の回りのことは一切しない。

どういうことかと言うと、還暦を過ぎた母が、毎日、弟の食事を作り、衣服の洗濯をし、風呂掃除をして、朝は起こし、夜にリビングで寝てしまえば寝室で寝るように促すのだ。詳しいことは知らないが、恐らく賃貸アパートの契約だって弟ではなく母が全てやり、毎月の家賃も、ほとんどが母の方で支払っていると思われる。

こう書くと、いかにも弟が、自堕落でだらしのないダメ男に見えてしまうかもしれない。いや、申し訳ないが、私にはそう見える。けれど、それが完全に彼だけの問題かと言えば、そうではないと私は思う。それは、母もそうさせてしまっている部分もあるように思うのだ。

相互依存のこと。

母は、何でもやってしまう。上で書いたように、家事全般は文句一つ言わずに片付けるし、人のために動くことを全く厭わない。仕事もパートに出ているが、職場でも頼りに晴れているようで、とてもバイタリティのある人だ。そんな母だから、祖父母のことをずっと支えてきたし、弟のことを未だに幼い子供のようになんでも色々やってしまうのだろうと、私は思う。

だが、弟は、上にも書いたように、もう三十代だ。こんな言い方は良くないかもしれないが、健康で、自分で身の回りのことを世話できるはずの、いい大人なのだ。稼ぎは少ないと本人は言っていたが、正社員で仕事もしていて、収入はある。自由に動くこともできるし、休みの日は好きに自分の趣味に出かけることもする。ただ、生活面というか生活の運営の面では、母におんぶに抱っこの状態だ。母親に、いつまでも甘えていていいはずがない。言ってしまえば、社会的には自立できていない。少なくとも私からはそう見えてしまうのだ。

一度、いや、何度か、私は母に対して「一緒に住まない?」と訊いたことがある。もちろん妻も同意のうえで。現在、私の妻と子供は、実家とは離れた場所に住んでいるが、母も高齢になって心配だし、いっそ我が家で一緒に住まないか、という提案をしたのだ。

しかし母は、その申し出を断った。それは、母自身、生まれ育った町を離れるのは寂しい気持ちがあるからだと。また、弟のことも心配だと。

思うに、弟も、そして母も、お互いが依存している部分があるのかもしれない。こればかりは私が強引に決めることもできない。だから、「まあいつでもいいから、同居のことは考えておいてよ」と言うに留めておくことにした。

弟の優しさ。

弟は、小さい頃からちょっと頼りないというか、あまり自分の意思を強く前に出したりするようなタイプではなかった。

兄である私としては、そんな弟のことが心配でありながら、他方で、力関係として弟のことを下に見ていた部分も、正直あった。ケンカになれば私の方が力も強かったし、意見を主張してそれが通るのは、いつだって私の方だった。いつも私が弟を支配していたように思う。今に思えば本当に申し訳ない。可哀想なことをしたと思う。

そういう中で育ったからなのか彼の性質がそうだったからなのか分からないが、弟は、とても優しいのだ。私が、母に対して「弟のことなんて気にしなくていいから、引っ越してうちの家族と一緒に住もう」と強く言わない(言えない)のは、弟のことが心配という気持ちもあるが、弟を傷つけたくない気持ちもあるからだ。

私の子供たちは、弟に懐いているし、弟も「おいちゃんと呼んでね」なんて言って、甥や姪をとても可愛がってくれる。幼い頃はあんなに支配的な態度で接してきていた兄である私に対して、そしてその子供たちに対しても、今でも変わらず穏やかで優しく対応してくれるのだ。

だからこそ、そんな弟には、どのような形でも早く自立してほしいし、私たち家族も彼との関係を保っていたい。関係そのものを切り捨てるようなことはしたくない。いつか彼自身が自分の意思で家を出て、自分で生きていく。そうして大人として、家族として良好な関係を続けていく。そういう日が来ることを、心のどこかで待ち望んでいるのだ。

酒癖の悪さ。

しかし、そんな優しい弟も、酒を飲むと人が変わってしまう。

いや、人が変わるというか、「抑えていた衝動が飛び出してきてしまう」と言った方が適切かもしれない。一言でいえば、酒癖が強烈に悪い。誰かに手を出すとか暴力的なことは無いが、くだをまくのだ。からみ酒だ。そして飲み過ぎて、吐く、潰れる。正直言って、かなりめんどくさいし、みっともない。

彼がここまで酔い、ハメを外す場面は、大抵が親類と一緒に飲食をするときだ。少量の酒ではそのようにらならないが、かなり飲み過ぎると歯止めが効かなくなる。そもそも私自身が酒も強くないし、弟の友人と会ったことがないので、彼が飲んだくれるようなシーンを見るのは、そういう親類との席くらいしかないからだ。うちの親戚は、小さい頃から比較的関係が良好で長く交流が続いているので、弟もつい気を緩めて飲んでしまうようだ。

実は先日も、そのような出来事があり、なかなか大変な思いをしたため、今回の記事を書こうと思うに至った。

そこで彼が泥酔して、いつも言う言葉は、母に対する不平不満だ。暴言というほどではないが、文句がすごい。母は、世間体というか体裁を気にする人なので、そういう弟の酔い潰れた態度を恥ずかしく思っている。それでいつもその度に小言をいい、弟もそれを煙たく感じている。

実際、母の気持ちはもっともだと思う。そういった親類の集まりとなると、私や弟と同年代も多く、そのほとんどが結婚して子供が居る。もちろん、結婚や子供が居ることが全てとは思わないが、弟自身に関しては、いつまでも母の世話になって、それでいて一人だけ恥ずかしいような酔い方をして周りに迷惑をかける。比較しているつもりはないかもしれないが、実際比べたような形になってしまうのだ。「お前もそろそろ…」みたいな。弟も恐らく内心それを気にしていて、それでも現状とのギャップに苦しんでいる部分もあるのだろう。そうして煽るように酒量が増える。

そして最終的に、酔い潰れて寝転んだ三十過ぎの弟を家に連れて帰るのは、母の役目なのだ。母はそれが許せない。母が弟を諌める言葉には、時に怒りすら帯びていることもある。

私も、そんな弟を見ていて思うのだ、「いい大人なんだから、ちゃんとしろよ、全く。親類の席では、小さい子も大勢居るのに…」と。同じように、怒りを覚えながら。

「ちゃんとしていない」こと。

こういう「ちゃんとしていないことに対する憤り」について、ふと、何かの記憶が頭を過った。

それは、子育てだ。もっと言うと「息子」に対して私がたびたび抱く感情に、非常に近しいものがあったことに気付いた。娘にはそうは思わない、なぜか息子に対して思うのだ。

食事時、何度注意しても、気を抜くと手づかみして食べている。宿題を終わらせてからテレビを見なさいと言っても「大丈夫、大丈夫」と呑気にしていて、結局翌朝に慌てて不機嫌になりながら宿題を終わらせる。妹と一緒に遊んでいるときにエスカレートしてつい調子に乗って、ケンカに発展して妹を泣かせる。そのどれも、私は息子に対して「ちゃんとしろよ、全く」という感情を持ってしまうのだ。

だが、落ち着いて考えてみると、「ちゃんとしている」とはなんだろう。

私は、弟に対しても、息子に対しても「ちゃんとしている」を求めている。しかしその「ちゃんとしている」は、もしかしたら自分の物差しを押し付けているだけなのかもしれない。

ちゃんとご飯は箸やフォークで食べるとか、ちゃんとその日中に宿題を終わらせるとか。ちゃんと一人で家に帰れるとか、ちゃんと酔っ払っても他人に迷惑をかけないとか。そういうのは、常識的には一般的にはその通りなのだろうけれど、仮にそうじゃなくてもそこで「怒り」を抱くのは、違う。

一体自分は何でこれほど怒ってるんだ、と思った。

価値観の押し付け。

それはきっと私が私の価値観を、彼らに押し付けていたのだ。

弟や息子など、より身近で自分よりも歳が少ない人に対して、私が力関係として「下」と見ている人が、私の価値観と違うことをすると、どうしても許せないという感情が出てきているように思う。

つまり私の器の狭さ、傲慢な態度によるものだ。なんでもコントロールしたい。そういう自己中心的な思考が、私の怒りを呼び起こしている。

けれど普通に考えれば、ナンセンスだ。弟も、息子も、私と違う一人の人間だからだ。彼らには彼らの人生を送る資格があるし、私の人生を生きるものではない。逆に、私も、彼らの人生を生きるわけではない。もちろん、幼い子供時分であれば、守ってあげたり最低限のマナーというか教えも必要だが、それは彼自身の思想や行動を支配してコントロールしていいというものではない。

そもそも、力関係というのも、私は誤認していた。弟は私より年下だから「下」、息子はまだ子供だから「下」、という認識があったが、それは常に普遍的なものではない。年下だって当然立派で人格者も居るし、子供であっても成長していけば親よりも遥かに地位や名誉も得られる人も居るし、ダメ親のもとに育ってもその子供は素晴らしい人間になることもある。年齢など、その人を見るにあたっては実は関係ないはずなのだ。

私は、ある一時期に「同性で、血の繋がりがあって、目下」ということだけで「同じ男として、自分がちゃんと面倒を見て、道を外さないようにしてあげなくてはならない」と勝手に勘違いしていたのだ。同じ男として、先を行くものとして、というか。(娘に対してそう思わないのは、恐らく性別が違うことで、自分との違いのようなものをありありと認識しているからかもしれない)

本当は、自分も相手も、違う生き物だというのに。性別が同じだろうと異なろうと。最初から、力関係も無い。師匠と弟子というわけでもないのだ。

結論、願う明るい未来。

結局、弟に対しては、私は自立を願うことしかできないのかな、と思っている。

彼も、いい大人だ。いい大人なんだからちゃんとしろ、ではなく、いい大人なんだから自分の人生は自分で生きてもらいたい、だ。どうやら本人としてはいずれは結婚したいが、まだ踏み切れない気持ちがあって、ズルズルしているようだ。結婚しようがしまいが、どんな形であれ、母に頼るよりも、彼自身が大人として自立した生活をしてほしいな、と兄としては思う。そうできる能力はあるのだから。母だっていつかは居なくなる。そうなった時に、弟が強く生きられるようになってほしいのだ。

そして、私が息子に対しては、彼の未来を私の勝手な思い込みと価値観によって狭めることはしたくない、ということに尽きる。

息子はまだ大人ではない。だから、親として教えることは教えるが、それは「私として」ではなく「親として」という視点を見失わないようにしたい。息子の良さはめちゃくちゃたくさんあるはずなのに、つい、些細なつまらないことに目が向いてしまう。

しかし、それではダメだ。息子は、決して私の分身ではない。つまらない私の常識を押し付けて、彼を、私のようなつまらない人間にさせてはいけない。

それにしても、恥の多い生涯ってよく言ったもので、今回も、自分の未熟さを思い知った。まだまだ、本当に。

実は家族の話はもっと色々書きたいことがあるのだけれど、今回はこの辺で。なんとも恥部を晒すような記事で失礼いたしました。おしまい。