あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

「しないこと」で見えてくるものの話。

ちょっと仕事関係というか、キャリアに関することを書いてみる。

そこそこ長いので結論を先に書くと、「転職しようと思ったけど、思いとどまったよ」という、ただそれだけの話です。


1.転職願望について。

ふと、個人で使っているメールボックスを覗いたら、転職エージェントの方から、こんなメッセージが届いていた。(めちゃめちゃ概略)

今回ご紹介したい企業は、急成長を遂げており、近々上場も視野に入れているところです。創業10年以内で10億ドル以上の評価額の上場企業は数社しか存在しませんが、こちらの企業も未上場でありながら、時価総額はそれ以上の評価を受けています。エンジニアとしてこのような会社で働くことは、貴重なチャンスにもなります(以下略)

現状、特に転職願望など無いのだけれど、この会社のことについて、何だか気になって調べてみた。というのも、今現在私が業務で担当している領域に近い分野のサービスを提供していたからだ。もしかしたら私の今までのキャリアの延長で、より面白そうな仕事ができるかもしれない。

どうやら、メールに書かれている情報は本当のようで、事業拡大をどんどんしている状況で、業績も悪くない。採用の背景も、ポストの穴埋めとか担当者の離職とかではなく、あくまで組織を強化・拡張させるためらしい。

ネットの情報の中でも、その会社のとある現場社員の生の声として、このようなものもあった。(これも概略)

この会社は、益々大きく成長していくので、ジョインするなら今がチャンスです。この先、数年してナンバーワンの会社になった時、「あの時、入社しておけばよかったな・・」と後悔するかもしれません。そうなる前に、是非一緒に働きましょう

普段なら、私はこういうメッセージを見ても、特に何も感じないのだけれど、この日の私は、なぜだか「魅力的かもしれない」と思ってしまった。
今、行動したほうがいいのかもしれない」と。

早速、この会社のプロダクトやサービスを調べ、口コミサイトの評価を確認し、求人情報に記載されている待遇や福利厚生を調べる。ふむふむ、悪くない。今よりも年収も高くなりそうだ。組織としては新しいが、スタートアップというほど若過ぎるわけでもない。それでいて、提供する製品のシェア率もなかなか高い。

別に私は、今の会社に(大きな)不満があるわけでもないし、転職したいとも思っていない。だが、こういうオファーが目の前に出された時、「挑戦してみてもいいかも」という気分になった。

2.キャリアについて。

今の勤め先は、中途入社で入ってから、たしかもう4~5年くらい経っている。比較的安定して働けていると言っていい。というのも、それまでの私のキャリアは、とてもじゃないけれど、ロクでもないものだったからだ。

社会人のスタートは、一応、業界内では安定していた中堅規模くらいのシステム開発会社だったけれども、そこを数年で辞めてしまった。理由は、単調な仕事を深夜まで延々とこなす日々に嫌気が差し、精神的に参ってしまったためだ。今に思えば、目の前の仕事を真面目に捉え過ぎたのだと思う。

その後、全然畑違いのベンチャー企業に入社した。今まで経験したことのない分野で仕事をするのはとても刺激的だった。当時は血迷っていたのか、朝から晩まで薄給で働いていたが、ある時、生活できないことに気付いてしまった。家計の収支のバランスが全くとれなくなっていたのだ。家族の時間や生活を犠牲にしてまで働くことに、何の意味も見出すことができなくなった。単純に、ここでこうして働く中で未来が見えなくなってしまった。

そして、思い立って、IT関連の業界(というか職種)に帰ってきた。特にスキルも高くないので下請け(実際には3次請け4次請けとか)の小さい会社でしばらくは働いていた。しかしある時、二人目の子供が生まれるというタイミングで、休暇に関する内容で会社の上層部と揉め、結果的に辞めることになった。それでやっと今の会社に拾ってもらったという経緯がある。

だから、今までの職歴として、順調にキャリアアップしてきたというわけではない。今まで「嫌だから」とか「辛いから」とか「思っていたのと違うから」とか、現状に不満を抱いた結果、職を変えてきた部分があるのだ。

そういうわけで、私が今ここまで長く続いているのも、たまたまというか、ありがたいことに偶然に環境に恵まれているからなんだと思う。現時点では、この今の環境が割と合っていると言えるのだろう。

3.渡りに船?

ただ、以前に別の記事でも書いたかもしれないが、最近では状況が少し変わりつつある。

会社の方針が変わって、好きだった開発業務が近い将来できなくなる可能性があると聞いてから、「このままでいいのかな」という思いが出てきていた。このままこの会社で働いていて、果たしてこの先、自分の好きな仕事ができるのだろうか、と。

そんな時に、渡りに船とばかりに、今回のメッセージに目が留まったというわけだ。

「善は急げだ。よし、そしたら、挑戦してみようかな」そう思ったところで、「いや、待てよ」と。

以前、note で私はこんな記事を書いたことを思い出したのだ。

これをもう一度読み返してみて、少し冷静になった。

あっ、今じゃない」と。

上に挙げた記事は、「主に後ろ向きな理由」で現職を辞めようとしていることについて、警鐘を鳴らすという内容であった。だから、今回の目的は、厳密には違うはずだ。後ろ向きじゃない。挑戦したいのだ。

だが、「挑戦」することで、一体どうなるのだろうか。

「挑戦」はもちろん悪くない。しかし、その効果について、その選択をすることによって発生するであろう状況について、できるだけ具体的に、よく考えてみてもいいかもしれない。

4.転職して得られるもの、失うもの。

ここで言う「挑戦」とは、転職することを意味する。

まずは、それによって、何が得られるのか。

恐らく、たくさんの得られるものがあるだろう。年収も今より上がるだろう。技術に積極的な会社のようなので、最新の尖ったスキルを身に着けられるかもしれない。職場の同僚もみな優秀で、切磋琢磨して実に刺激的な日々を送ることができるかもしれない。有名なプロダクト開発に携わることができれば、自尊心も満たされる。友人やかつての同僚に、「コレ、俺が作ったやつなんだぜ」と、自慢もできるかもしれない。

しかし、逆に、失うものもある。

今の会社で培ってきた実績や、のびのびと発言したり、手を挙げて新しい仕事を引き受けることのできる自由さ。そして、安定した評価と給与。みな穏やかで謙虚な同僚、理解のある上司、心理的安全性の高い職場。会社が事業を進めていくスピード感を間近で見ることのできるダイナミックさ。そこに乗って様々な経験をさせてもらえる土壌。

これ以外にも、私生活に密接に関係するものだと、ほとんどフルリモートで働くことのできる勤務形態。それは1日の中で家族と過ごす時間が可能な限り大きくすることを意味する。そして、安定した給与によって、ある程度は見通しのある住宅ローン返済計画。残り数十年。これらも手放すことになる。「全て」失うということだ。

もちろん、得るものも、失うものも、「~かもしれない」の域を脱しないけれど、前者と後者では、後者の方が可能性は高い。それは当然だ。今の環境をほとんど全部投げ出し、全く異なる環境に身を置くことになるのだから。

それを冷静に考えた時、「いや、今じゃないな」と思ったのだ。

逃げだと思われても、守りだと思われても結構。大切なのは、自分の頭で考えて、そう結論を出したことにあるのだ。

5.迷いがあるなら冷静に。

もちろん、その「今」は、この先、一体いつ来るのか分からない。もし来た時には、もしかしたらこのオファーのあった会社ではないかもしれない。

だが、それで一体何の問題がある。

そもそも、私の場合は、たかだか数時間前までは、この会社のことをロクに知りもしなかったのだ。言わば、一目惚れに近いのかもしれない。だから、もう一度よく自分自身に問うてみる。本当にその会社に入りたくて入りたくてしょうがないのか。一過性の気の迷いではないのか。と。

よく「就職は結婚みたいものだよ」とか「いやいや、就職は恋愛だよ」みたいな意見を聞いたことがある。しかし、それなら、なおさらやっぱり「本当に好きで、できることなら一生添い遂げたい」という思いが無いと、そこにジョインできない。仮に恋愛だとしても「ちょっとお試しで付き合ってみる?」と考えられるほど、私には陽キャ的なアプローチができない。
それほど、私は古臭い考え方で、重たいやつなのだある意味、激重のヤンデレだ。

それに、もし「入りたくて入りたくてしょうがない会社」なのであれば、そこまで好きなのであれば、恐らくもう行動しているはずなのだ。「好きなのかも?」と考えちゃ多分だめ。考えている時点で、迷いがあるわけだから。いつかその迷いが肥大化して足を引っ張ることになる。勢いで行くということは「好きとか通り越してもう婚姻届出しに行って来ちゃった」くらいじゃないとだめなのだ。(ちょっと自分でも何言ってんのか分からないが)

つまり、たとえ数時間前に知った存在だったとしても、勢いで行ってしまえるならそれでいい。迷いなんて感じる余地が無い状態。しかし、もし、それを決めるのに一瞬でも「損得」を考えてしまうようであれば、一度冷静になって、トコトンそれを考える必要があるべきだということだ。考えたうえで、「やる」か「やらない」かを決めたほうが良い。

6.石の上にも云々。

と、偉そうに言ったけれど、上でも書いたが、実は、私が今まであまりチャランポランなキャリアを歩んできており、その原因が「挑戦?いや、今すぐやるべきでしょ」みたいな考えを多少なりともしてきたからなのだ。

今、きちんと長く同じところで働いてみて、「挑戦は大事だけれど、今の環境で出来ない挑戦なら、きっと他の場所でも駄目だ」という考えが、今までの自分の経験によって、だんだんと大きくなってきているのだ。繰り返すけれど、あくまで私の経験上。

だから要するに、今回のオファーも、もう一度よく考えてみたところ、「全てをなげうってでも、やっぱり挑戦したい」とは思えなかった、というのが正直なところだ。「それは今のところで頑張って一区切りしてからでもいいでしょ」という思いで、踏みとどまった形だ。言わば、挑戦したい欲を抑えるというか。

もちろんこれは、私の一意見だし、転職回数が多いくせにスキルがロクに身についていないダメビジネスパーソンの戯言なので、優秀で賢い方は、自分の描く理想のキャリアに近づくように、どんどん転職したって構わないと思う。若さゆえに俺には失うものなんて何も無いぜという方も、きっと挑戦したらその分だけ糧になるだろう。

ただ、私はそれで後悔してきた側の人間なので、私のようにそこまで優秀じゃなくてフラフラしてきた人にとっては、そういう「節目」に出会った場合は、ちゃんとよく考えたほうが良いだろうな、と思うのだ。余計なお世話だとは重々承知しているが。

「石の上にも三年」というのは、何も「我慢は美徳であって、いつどんなっ状況になっても絶対辞めるべきではない」ということではなくて、「今は納得いってなくても、いつか事態が好転する瞬間が訪れたり、その兆しが見えてくるから、その時までここで腰を据えて取り組んでみる」ということでもいいと私は思うのだ。どちらかというと私の解釈は、「転がる石には苔が生えぬ」という言葉の意味が近いかもしれない。

未練のようなものがあるなら、まだやり残したことがあるのなら、踏みとどまるのも勇気だと思うのだ。

7.「やらない」ことの決断。

ところで、ジョブズの言葉で、このようなものがある(らしい)。

Deciding what not to do is as important as deciding what to do.

(意訳)
何を「する」かを決めることは、何を「しない」かを決めるのと同じくらい重要である。

I'm as proud of what we don't do as I am of what we do.

(意訳)
我々が「する」ことと同じくらいに、我々が「しない」ことについて、私は誇りに思う。

直接、私は彼の言葉を音源で聞いたことはないので、ネット上に落ちていたものを拾ってきただけではあるのだけれど、もしこれが本当に彼から発せられた言葉であったとしたら、私のような人間にとって、非常に勇気を貰えるものだ。

あれだけ数々の斬新で画期的なプロダクトを生み出していながら、「やらなかったこと」にも重きを置いている。「やらない」という結論を出したことについて、大切に思っていると解釈することができる。

少し話は脱線するが、この言葉に関して私の勝手な解釈では、「やらない」ということを決める中で、本当に必要なことが見えてくる、ということだと理解している。

そうなると、無駄なものは削ぎ落とされ、必要なものだけが残って、実にシンプルで美しい形になる。プロダクトを作る側としては「シンプル」は非常に重要な価値観で、恐らくだけれど、上で挙げたジョブズの言葉はそこに繋がってくるのではないかと考える。

だからこそ、ああまで洗練されたデザインだったり、機能性だったり、インタフェースだったり、極限まで使いやすいサービスを提供することができたのではないかと。

8.本当に必要なことについて。

ジョブズの輝かしい実績と、私なんかのちっぽけなキャリア形成を一緒くたにするのはおこがましいにもほどがあるが、根本的な思想は同じなのではないかなと、考えてみているわけだ。

「やる(=転職する)」と「やらない(=転職しない)」は、きちんと考えたほうが良いと、私は考える。表現は難しいが、「守り」としての「やらない」というだけでなく、「攻め」としての「やらない」というか。周りから見たら、どっちにしても同じなのだろうけれど、その決断をした人にとってはきっと大きな財産になる。きっとその決断の先には、「本当に必要なもの」が見えてきているはずだと、私は考える。

同時に、それは私が「やる(=転職する)」ことで、つまり「今の環境を手放す」ことを何度もやってきたことで、少なからず後悔をしてきた自戒の念とも通ずるものがある。同じ失敗は繰り返したくないのだ。何が大切か、こんなに長ったらしくダラダラと文章を書き綴る私にその資格はないかもしれないが、それでもやはりシンプルに生きたいと願っているのだ。

結論。

どこか別の場所に飛び出すのなんて、きっと「今」じゃなくたって構わない。そして、もっと言ってしまえば、仮にずっとその「今」が訪れなかったとして、それで人生が終わったとしても、後悔しないような働きをすることが、一番大切なようにも思う。

「やらない」ことに誇りを持って生きるのは、すごく大切。「やらない」ことは逃げではないし、引け目を感じる必要なんて無い。少なくとも私はそう思う。過去の、そして未来の自分自身に対しても、そう言ってあげたい。

よその芝生の青さばっかり見ている暇は、多分無いはずなのだ。


と、これは一見、転職を迷う人に向けてのお節介で偉そうなアドバイスの記事に見えて、実は、自分自身に言い聞かせるための自己満足の記事。

昨今「転職しろしろ」という風潮が何となく強くなってきているように感じていて、それは人材の流動性という意味では健全で良い社会になるかもしれないけれども、一方で私のように「あの時、辞めなくてもよかったかもなぁ」と考える人もきっと居るかもしれない。個人的には、まぁ得たものはあるけれど、やっぱり失ったものも多いわけで。長く働けるなら、それに越したことはないと考える。保守的ですみません。

だから、そんな愚かな私が、再び過ちを犯さないために、「おい、もうちょっとよく考えたほうが良いんじゃないの」と自分自身に伝えるお話でした。失礼。おわりです。