あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

守りの人生の話。

昔、大事にしていた考え方があったことを思い出した。

それは、失敗してしまって、そのことですごく恥ずかしかったり悔しかったり、または、上手くいかないことがあってそれによって苦しみを感じたりした時、「最終的にオモロイ人生になればそれでよし」と思うことだった。

いつどこでそんな考え方を知ったのか、あるいは辿り着いたのか分からないけれど、躓いて自己嫌悪の沼に陥ってしまった自分を救い出す手段の一つとして、いつでもそれは非常に有効に働いてくれた。

関西人でもない自分にとっての「オモロイ人生」というのが何なのか、ハッキリとした定義もないし、他人からしてみたら「全然オモロない」ものかもしれない。けれど、自分なりに考えていたイメージは、「後で思い返してみれば、『そういうこともしたよなぁ』と振り返ってしみじみできる経験」のようなものだった。

要するに、「後になって笑い種になればいい」というものだった。

だから、誰も知り合いの居ない入学ガイダンスで勇気を出して色んな同級生に話しかけて浮いてしまったり、苦手な接客業のアルバイトを始めた時にあまりの緊張で汗びっしょりになって同僚やお客さんから笑われたり、働きながら別キャリアを積もうとして、引っ越しまでして大学院受験に臨んだけれど結局落ちてしまって、恥ずかしさやら劣等感やらで色んなことが嫌になったりしたこともあったけれど、そのたびに「まぁ、今は失敗したとしても、後で話のタネになればいい」と思うようにして、自分を守り、助けていた。

思うに、「後で笑えればいい」というのは「挑戦した結果に対する予防線」であるものだった。臆病者の私が少しでも前に足を進めるための守りの盾。つまり、チャレンジの姿勢が生み出したものだ。

それが、年を重ねるごとに、次第に「これは失敗しそうだぞ」という嗅覚というかセンサーが敏感になったのか、そういうリスクをあらかじめ察知して、避けたり事前に対策をとれるようになってきた。もちろん、失敗はあるけれども、人生にとって致命的(※あくまで主観で。これポイントです)に思えるようなものは経験する機会も減った。

いつしか、結婚して子供も居て家庭もあって、気付けば、自分以外の人たちを支えるために毎日の暮らしを維持しなければならない人生になっていた。そして、いつしか上に書いたような「後でオモロくなればいい」という考え方も薄らいでしまっていた。

現在の日々は、「チャレンジ」とはちょっと距離を置いたものになっている。攻めてはいない、守りの人生だ。それがどうというわけでもないし、自分で選んだ人生だ。だから後悔はしていない。

ただ、少し補足しておくと、守りの人生は守りの人生で、決してラクなものではない。わたしはそう思う。いつどこでどう転ぶか分からない。今の生活を、日常を維持しながらも、やっぱり周りの環境の変化についていく必要がある。

もちろん生活費を稼ぐ必要があるから、仕事は毎日する必要があるが、同じような内容の仕事は無い。あんまり望んでいたつもりはないけれど、年を経るごとに段々と、責任というか仕事の範囲も広くなる。そうすると、仕事上の判断も、今までの知識や経験だけでは足りない。勉強、というほどではないが、何かしらの情報収集と情報処理を常にしていないと、日々の仕事も成り立たない。とてもじゃないけれど、ただ同じことをしてダラダラとして過ごすことはできない。維持する大変さがあると思うのだ。

何か新しいものに日々挑戦して、トライしてエラーをしながら、様々なものを吸収し、自分の幅や可能性をどんどんと広げていく。そのような攻めのスタンスは立派だと思う。

しかし今の自分にはそのようなことはできそうにない。そのような気力も、体力も、勇気も、今の私には無いのだ。もっと言ってしまえば、そのようなものが仮にあったとしても、きっと私は挑戦しないだろう。

少なくとも今は、「今やれること」を確実にやる。そうやって、守り続けなければならないと思っている。自分と家族の日々の生活を。

まぁ、現実的には、住宅ローンを返し、子供たちが独立するまでは。他人から「つまらん人生」と思われようと、これはこれで、今こうして重ねている日々を、最終的に私自身が「オモロイ」と思えればいい。

ふと、攻めていた時の考え方を思い出して、しみじみとしてしまった。そんな話でした。