あさぶろ日記

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スマートウォッチとナルシシズム的な話。

普段、私はアナログの腕時計が気に入っていて身に着けているのだが、どうにも最近、「スマートウォッチ」が気になっていた。スマートフォンと連動して腕時計の中で色々と便利なことができるものだ。雑な説明ですみません。

私は、iPhone ユーザなので、本来ならば Apple Watch にしたほうがいいのかもしれないが、如何せん、リーズナブルではない。調べたら、安いモデルでも2~3万円くらいするそうだ。毎月のお小遣いがそれとほぼ同額の私には、到底、手が出ない。貧しい話で失礼。

ところが、ふと立ち寄った雑貨店で「スマートウォッチ」が、5千円ほどで売っていたのを見つけた。これなら私のポケットマネーでギリギリまかなえる範囲だ。まぁ5千円でも大きい出費ではあるけれど、好奇心が勝った。

というわけで、買ってみました。スマートウォッチ。機能としては、このようなものだった。

1.スマホに届いた通知が確認できる。
2.歩数が分かる。
3.睡眠データが取れる。
4.心拍を測定してくれる。
5.血中酸素が分かる。
6.体温を測定してくれる。
7.天気予報が分かる。
8.スマホのカメラを操作できる。
9.スマホの音楽の再生・停止・スキップ。
10.文字盤のデザインを色々変えられる。

十分。5千円でこれなら十分です。早速使ってみると、色々と、精度に若干の懸念というか不備もあるけれど、おおむね満足。なんだかデジタルな自分自身にトランスフォーメーションした感じがする。

なかでも気に入ったのは睡眠。あと体温。それと地味に文字盤。

前に記事でも書いたかもしれないけれど、私はかなりの早起きだ。だいたい前日21時には就寝していて、翌朝は3時か4時には起床する。それに関しては特に困ってはいないけれど、「果たしてちゃんと眠れているのかな」というのが少し気になっていた。

この機能では、時計が肌に触れている箇所にセンサーが設置してあって、多分そのセンサーをもとにして「深い眠り」「浅い眠り」「レム睡眠」「起床」の大体の時刻が分かるようになっているらしい。どうやってそれを判断するのかはよく分かってないけど。

実際、ウォッチから取得したデータを見てみると、なんと、毎日トータルでは4時間~5時間程度しか眠れていないということが分かった。えっ、少なすぎない?そのほとんどが「浅い眠り」で、「深い眠り」は20分あるか無いかといった状態だ。他にも気になることは、睡眠開始がどれも22時以降の時間になっている。私としては21時には寝ているつもりなのに、空白の一時間があるということだ。それから、起床時間もデータに表れてこない。なぜだ。もしや私は今もまだ継続中で、眠り続けているのか。これは引き続き状況を注視していくしかない。

体温も、このご時世、会社には毎日体温を報告しなければならないので、定期的にこの時計で測ってくれるのはありがたい。30分刻みで毎日の体温を自動で計測するように設定した。まぁ、ほとんどいつも同じ体温なんだけど、安定しているってことだよね。

気分によって、文字盤のデザインも変えられるのも良い。ちなみに今のデザインは、スタイリッシュな青文字で時刻が表示されている。おまけに歩数や心拍も出ている。在宅ワークだからほぼほぼ変化ないけど。

とまぁ色々ツッコミどころはあるけれど、日々のデータを逐一確認するのは嫌いじゃないので、楽しみが増えた。

それでふと、こうやって自分自身の身体の状態が「データ化」されて、それを見て一喜一憂したりしているというのは、自分のことが好きだからなのかもしれないな、と思った。

これも前に記事で書いたが、私は現在ダイエット中だ。一応毎日筋トレとか、糖質少なめの食事とかにしている。体重計にも毎日乗っているし、当然その体重も記録し続けている。そういった意味では、スマートウォッチで収集した情報以上に、日々の体重の数値の変化に一喜一憂している。

もちろん、本気でこれらのデータに一喜一憂しているわけではないが、これらも、やっぱり「自分が好き」だからなんじゃないかと思う。

どういうことかというと、好きだから、もっと好きになるように、努力する。少しの変化も見逃したくない。「今日は●●だった。よくやった」「今日は〇〇だった。残念だったから、明日はもう少し頑張ろう」と。

もっと筋肉がついて引き締まるように。もっと良質な睡眠をとって溌剌として一日を過ごせるように。そうやって、理想というか、可能な限り良いイメージの自分に近づけていく作業は、楽しい。もちろん、たまには途中で誘惑に負けてみたり、サボってしまうこともあるけれど、それでも自分を諦めきれない。自分を嫌いになりたくないからだ。

それは裏を返せば、気を抜くと、一気に嫌いになる可能性があるのかもしれない。言ってしまえば「嫌いな自分」にならないために、そうなるのが怖くて、好きになろうと行動しているようにも思う。

今でこそ「自分が好き」だなんて、厚顔無恥というか恥知らずなみっともない内容のことを大っぴらに書いているが、かつては、自分のことが嫌いで嫌いで仕方なかった。色々なことを経験して、やっとここまで、好きになれた。本音を言えば、「自分が嫌いだと思う自分」に戻ってしまうこと、それが怖いのだ。だから、もっと好きでいようとする。少しでも好きな部分を増やそうとしているのだ。

言わば、好きと嫌いの紙一重の中で、自分と向き合っているような気もする。なんとも、訳の分からない言い回しになってしまった。

本来のスマートウォッチの用途としては、毎日の雑務の効率化とか、負荷の軽減とか、便利化とか、そういう生活の質を上げるためにテクノロジーを使うというのがよくあるケースなんだと思う。たとえば時計だけで、電話やメッセージ送信できたり、道案内してもらえたり、財布の代わりになったり、家電を操作できたりとか。それはたしかに便利よね。

けれど、中には私のように、用途としてそういうことを考えていないで使う人も、もしかしたら少しは居るかな、なんて。まぁ少数派でしょうけれど。そういうタイプの人にとっては、「より自分を知りたい」という思いに応えるツールとしては、割と良いかもしれない。

ちょっと本気で正確な情報が知りたくなったら、もう少しちゃんとしたスマートウォッチを買おうかな。別に今使っているものがちゃんとしてないとは思わないけれど。ひとまず今の時点では、これで十分。