あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

人を動かす言葉の話。

嫌な気分にもならず、誰か他人の言葉によって自身が動いてしまう。そんな、自分自身の原動力がいとも簡単に操られたような経験はあるだろうか。

私は最近あった。
今回はその話をさせていただきたい。

※注意※
トイレの話がメインになるので、食事中の方だったりそういった内容が苦手な方は、ご注意ください。
それでも宜しければどうぞ。


先日、実家に帰省する途中で、ご飯屋さんに寄った時のこと。

お店に入ってすぐに、お手洗いに向かった。はっきり書くと、「小さい」ほうがしたくなったのである。いきなり品の無い話で申し訳ない。

ご飯の途中で催すと、なんとなくせっかくの食事が邪魔されたような気分がする。だから、できるなら膀胱は空っぽの状態で食事がしたいという思いが私にはある。

そして、男性用トイレの小便器の前に立って、いざ用を足そうとしたところ、そこで目にしたものがこれだ。

男性の読者の方はご想像いただけるだろうか一見すると分からない。見落としてしまうかもしれない。けれどよく目を凝らすと、たしかにそこにある。

まだ分からない方のために正確に書くと、「禁煙」と書かれているプレートの下に小さく貼ってある紙のようなテープのようなものだ。そこでは端的に「できるだけ便器を汚さないでね」というメッセージが表現されている。

私は、何気なくその貼り紙を読んだ。「なになに、ためしてガッテンによりますと…?」その内容を理解して、私はすぐにその言葉通りに行動した。全員が全員、これで動くわけではないかもしれない。しかし私はそれに従った。嫌な気分一つしなかった。

そうして、用を足した後、私は、これが実に計算し尽くされた言葉であったと気付かされた。思わず写真に撮ってしまったほどだ(もちろん手は洗いました)。

普通、こういう男性トイレの小便器の付近などに貼ってある文章としては、このような表現がよくあるものだ。

「いつも綺麗に使っていただきありがとうございます」

「もう一歩前へお進みください」

「このトイレは従業員も使わせていただきます」

「トイレを汚したりイタズラされることが増えています、悪質な場合は警察に通報します」

これらの言葉は、たしかに「できるだけ便器を汚さないでね」という最も伝えたいテーマに沿ったものではある。

しかし、そのどれもが、婉曲的すぎたり、曖昧だったり、威圧的だったりして、「協力したい」という気持ちにダイレクトに訴えかけてくるものとは言いにくい。少なくとも私は。いや、もちろん意図的には汚したりはしないですけど。

その点、この焼肉屋さんのトイレの貼り紙は、実に、直接的で、具体的で、それでいて謙虚で、さらに実利的でもあるのだ。

以下、順を追ってご説明する。

読ませる工夫

まず、そもそも、文字を含めた、貼り紙自体のサイズが小さい。私のような人間がどれだけ居るか分からないが、少なくとも私はこんな小さい文字で書かれていれば気になって読んでしまうのだ。

よく、テレビCMとか金融商品の広告で、大々的に商品のアピールがされた最後のところで、小さく注意書きが記されてあったりする。何かの本で読んだが、こういう小さい記載の部分こそ重要な情報を含んでいたりするらしい。実際、自分で保険や不動産の契約を結ぶ場面では、それは全くその通りだったと痛感した経験がある。

そのため、私は本能的に、このような小さい字を読もうとしてしまう。

シンプルな内容

そして、その内容だ。何をどうするとまではここでは敢えて書かないが、この貼り紙には、実に客観的な表現で示されている。「先端」や「発射」などといったワードは、字面だけであれば無機質で多義的なものだが、このような文脈で使われると、途端にダイナミックな想像が可能となる。

また、「12センチ以内」と具体的な数値や、オペレーション手順まで記載されている。

要するに、やるべきこと、その対象、実施手順が、ありありと目に浮かぶのだ。

メリットと選択の自由

そして極めつけは、利害、だ。人間が何かをおこなう際には、多少なりとも、理性が働く。もちろん本能で動くこともあるが、どこかでその本能が暴走しないよう、理性がストッパーをかけている部分がある。

今回この貼り紙の後半部分、つまり「しぶきが飛ばないので、ズボンや靴が汚れない」という文言には、「それを選択するか否かはあなた次第。しかし選択するしないでこのような事象は発生しますよ」というメッセージが含まれている。つまりはこれを読んだ人間に対して、完全にその選択が委ねられているということだ。そのような場合、人間はどうするのか。恐らく多くの場合、上で書いたように、理性が働く。

よほど破天荒な人でなければ、こう思うはずだ。「いやぁ、ズボンとか靴が汚れるのは困るなぁ」と。私も、それを読んで咄嗟に、自身と便器の距離をできるだけ詰めてしまった(恐らく12センチ以内にはなっていたと思う)。だって、そうすれば汚れないという情報があるのだから。

理性が率先して前面に出てきて、むしろ本能を意のままにコントロールしたような状態だ。その証拠に、その時の私は頭で考えておらず、言わば、体が勝手に動いていた。

結論

決して強制するでもなく、さりげなく情報を提供し、あくまでこちら側のメリットを提示したうえで、具体的な作業の指示までしてくれている。

ここまで完全に人の心と体をコントロールするような言葉、そして仕組みに今まで私は出会ったことはなかった。感服だった。

ちなみに、そのお店の焼肉はめっちゃ美味しかった。理性のみならず、本能のほうも虜にされたというわけだ。

言っておきますが、オチが弱すぎるという指摘は受け付けませんので…。おしまい。