あさぶろ日記

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社畜のふりして今日も働く話。

世間はゴールデンウィークだ。

「世間は」という言葉の裏に隠されているのは、「私は休みじゃないんですけどね・・」という恨めしい感情だ。世の中的には飛び石連休であったとしても、その連休自体が、私にとっては普通のそれ以外の日と同じ「平日」に過ぎない。なぜなら、そもそも「祝日」=「お休み」というわけではない会社に、私は勤めているからだ。

もちろんこの時期に休もうと思えば休めるけれども、付与された年次有給休暇のうちから当てていかなければならない。それはゴールデンウィークに限らず、お盆休みも、年末年始の休みであっても、同じように休みたければ有休を取るスタイルだ。だから、下手すると、三箇日や夏休みに家族旅行にも行けないということにもなりかねないため、計画的に有休消化する必要がある。

詳しいことは書かないけれど、そういう就業規則だということは入社前に理解していたし、何だかんだで気付いたらもう4~5年くらいは今の会社にお世話になっている。そのため、こういう休日の考え方については慣れたつもりでいたけれども、やっぱり今日みたいに天気が良くて、家族とかご近所とか世間の大半がホリディモードだったりすると、もうどうしようもないほど徒労感というか虚無感を覚える。だから、今日みたいな日には、楽しそうに街に出かける人たちを横目に、ため息交じりにお仕事をしている。働くと決めたのは自分だが、羨ましくて仕方がない。

失って初めてその良さが分かる、というのは「祝日」も例外ではない

この会社に入社するまでは、私も普通に祝日祭日はカレンダー通りに「休むことができる日」だと思っていた。現にそれまではそういう会社に勤めていたし、それが当たり前だと思っていた。祝日にあたる日に、どうしても業務上出社しなければならなくなったりすれば、その日とは別の日にお休みをする、所謂「振替休日」を取得していた。そんな日には「なんだか他の人が働いているときにお休みできるなんて、ラッキーだなぁ」なんてことを思ったこともあった。

しかし、この勤め先になってからは、そもそも「祝日」なんて概念すらも消失してしまった。みんなが働いている日は当然のことながら、みんなが休んでいる日でさえ、労働をしなければならなくなった。実際には「みんなと同じようにお休みできる」ということが、どれだけ有難く幸せなことだったか思い知った。子供には「どうしてパパは今日お仕事してるの。今日はお休みじゃないの」と、祝日のたびに幾度となく訊かれたものだ。

とはいえ、そんなに恨み節を述べたり愚痴を吐いていても仕方ない。そうは言ってもまだ私にはこの会社で働き続けたい理由があるので、たとえ休暇制度に不満を持っていたとしても、辞めるわけにはいかないのだ。とまぁ、カッコつけた言い方をしてみたけれども、単に住宅ローンを返し終えるまでは、ここにしがみつくつもりだというだけだ。

ちなみに、傍からしたら、まるで社畜のようにすげー働いているように聞こえるかもしれない。念のため断っておくと、一応、お休みが無いわけではない。常にではないが、土日はほとんど休める。そして今の職場では、日々の残業もそこまでは多くない。ただ、会社所定の休みの数が少ないために、単純にこういう日にも働いているだけなのだ・・。

そういうわけで、「どうしてパパは今日お休みじゃないの?」と訊かれた時には、私は、子供には話の最後でいつもこう伝えている。

「いいかい?大人になったら、いっぱい休みがあって、お給料もたくさん貰える会社で働いたほうがいいよ。パパのようにどっちも少ない会社は、やめておいたほうがいい」

父親の威厳なんてかなぐり捨てて、真実を伝えている。いや本当に。

まぁ給料少ないのは、会社じゃなくて私のせいなのだけれど。