あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

フィット&ギャップの話。

えらそうなタイトルをぶちあげたものの、専門的な話は一切しません。今回は、愚痴です。純度高めです。長々と支離滅裂な内容をただただ書き殴ります。

そういったのが苦手な方は、どうかそっと、ブラウザの「戻る」をしていただければ…。

さて、ここ最近は結構、時間が無い。何の時間か?それは、自分と向き合う時間だ。以前からそんなにあったわけではなかったけれど、今までは仕事をしていても、休憩時間中などの気分転換で、ボーッとして色々と考えたりする時間は、割とあった。その時に読んでいる本とか、ニュースとか、日常の出来事をインプットに、自分なりのフィルタを通して、たとえばこの note などでアウトプットとして表現してみたりしていた。

だが最近は、あまりその時間が無い。「忙しい」という言葉はあまり好きではないので使いたくはないのだけれど、端的に言ってしまえば「日常に潰されている」という感じだ。仕事のタスク量として、めちゃめちゃいっぱい抱えているというわけではない。けれど、心に余裕が無い状態に感じている。自分と向き合う時間が無いから心に余裕が無いのか、あるいは、心に余裕が無いから自分と向き合えていないのか。鶏と卵の問題のようで今となってはよく分からないが、どちらにせよ何だかしんどいなぁ、と感じるのだ。

大きな理由は、やはり、現在担当している仕事の中身なのだと思う。ボリュームというより、やっている内容。なんかこう上手くハマってない感じ。

個人的な話で恐縮だが、この4月から、今まで長く携わってきた開発業務ではなく、全然別の(実際には周辺業務なのだけれど)企画とか構想といった業務をメインに担当している。それが、実に全社的で、経営的で、創造的で、ドラスティックで、なんというか、言いにくいけれども、ものすごく、つまらないのだ・・。

会社的には大層なリソースを放り込んで進められている取り組みなので、インパクトもすごい。あれやこれやと色々と検討事項も必要で関係者もたくさん居て、ちょっと言い過ぎた表現をすれば、社の命運を左右するような大きい仕事だ。その構想段階から携わることができるというのは、実に貴重で有難い経験なのだろうと思う。自分のアイデアや意見によって、多くの人の業務に大きく影響が出るような上流の仕事。こういう仕事に喜びを感じる人が数多くいるのは重々承知。

だけれど、やっぱりなんというか、うすうす勘付いていたけれど、まったく自分に向いてない。まぁ「長い目で見ればまだ1か月なので慣れなくて当然」と自分に言い聞かせてみたりもするけれど、反対に「もう1か月も経っているのにロクなアウトプットを出せない自分ってすげーポンコツだな」とも思ってしまう。

そう思うと、なんとなく自分と向き合う時間を、無理やりに避けている自分に気付く。見ないようにしている。考えたくない。仕事上のキャリアとか、自分のこの先のことなどを考えたくない。このまま忙しいフリをして、日常のアレコレに押し潰されて過ごすほうが、嫌な現実を見なくても済むからだ。

しかし、そんな時間は長くは続かない。結局は、何も生み出せていない自分に嫌気が差し、「やるしかないんだ」と重い腰を上げて、しょうもないクオリティの成果物をシコシコと作り上げることになる。

おまけに、今担当している業務自体が、結構革新的というか、世の中のトレンドの最先端を走るような内容のものに触れる機会が多い。そういう、トップランナーというか所謂デキる感じの関係者の人たちから話を聞いているうちに、色々と思うところがある。

そういう最先端の情報に触れて、「やべえマジかっけえ」と刺激を受けられるならばよかったのだが、自分の場合は、今まで自分が作ってきた成果物が、如何に古く時代遅れであったかを痛感する始末。まるでこれまで自分が歩んできた軌跡を一つ一つ否定していくような感覚をおぼえる。言い方は難しいけれど、「あれ、今までの自分は一体なんでこんなことしてたんだ」とか「この先、自分はどういう方向に進んで行ったらいいのか」なんてことを悶々と考えてしまう。いや、実際には、上に書いた通り、悶々と頭をもたげてしまうその諸問題を先送りにして見ないようにして、日々を過ごしているのだ。

だから、正直言って、しんどい。過去や将来の自分と向き合うのが怖くて、それを見ないようにしている。だから仕方なく、目の前にある「現在」だけを見るけれど、やりがいもないし、興味も無い、何よりつまらない。目を背けながら、全く湧き上がってこないやる気を、しぶしぶ絞り出すような毎日だ。

自分で「向いている仕事はこれだ」とか「得意分野はこれ」と決めるのも何だか気恥ずかしいような、おこがましいような、視野が狭いような気もするが、開発に関する業務は、やはり十年以上携わってきている業務なので、そういうことなんだろうと思う。決してレベルは高くないけれど、ある程度その構造に触れてみれば、一通りの勘所というか見通しはつく。それに、実際に手を入れる作業に没頭している時間は、心地良いのだ。自分の書いたコードが、複雑な仕様を実現して、全体のプログラムとして動く形になることは、本当に嬉しい。

それに対して、今担当している業務は何が何だかよく分からない。ビジョンだの経営計画だの理念だの理想だの、そういったものが大事なのはもちろん分かるが、正直言って、実感は無い。一つ一つの細かい地道な作業を如何に成功させるかに喜びを覚えるタイプの自分にとって、扱うターゲットがデカすぎて面白味を感じないのだ。チーム内のデキるメンバーや上席たちが「ああでもないこうでもない」と熱っぽく議論する様を横目に、私は一人取り残され、ボケーッとしている。ダイナミックに物事を動かしたい欲に乏しい私には、失礼な話ではあるけれど、彼らの話す言葉のどれもが絵空事のようにしか聞こえない。だったら自分でコツコツと目に見える形のものを積み上げていったほうが良いと思ってしまう。

現在、発生している問題は、「自分が得意だと考えていること」と「会社から自分に求められていること」の間に乖離があることだ。この距離をどう埋めるべきか、それが苦痛に感じる。これこそ、私にとってのフィット(得意とすること)&ギャップ(求められていること=向いていないこと)なのである。

ただ、こうして色々考えたり悩んでみたりしていると、何ならいっそもう埋めなくてもいいか、という思いすらもしている。

なぜなら、たかが私一人の生産性や、ビジネス上の価値やインパクトなど、取るに足らないものであるなら、頑張ろうが頑張らなかろうが、得意であろうが不得意であろうが、そんなものどうでもいいからだ。やるべきことをする。指示待ち人間が否定されるような、世知辛い社会になってしまったけれど、指示を的確に理解してこなすことだけで本当は十分エライのだと、私は思う。やるだけえらいのだ。

事実、現時点での私は、私自身に対して期待をかけていない(むしろ期待しないようにしている)ので、変に気負いする必要も無い。そうやってありのままで進んで、とにかく自分を守りながら仕事して、生きていくしかないかな、と思っている。もうそのまんまでいいのだ。無理はしない。背伸びもしない。できないのは仕方ない。それを受け入れる。

支離滅裂で何が言いたいのか自分でもよく分からなくなってきたが、少しラクになった。そんな気がする。

色々と思うことはあるけれど、住宅ローンもあるし、合わないからといって安易に転職するのは、まだやめておこう。自分(精神)を守りつつ、他方で隙を見つけて自分(スキル)を育てていこうと思う。

まずは、なんでもいいから楽しいことに触れる。毎日。仕事なんて、どうでもいい。そう思わないと、やってられない。