あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

ドリフで子供の真面目のバランスをとってみる話。

他の家庭ではどうするのが普通なのか分からないが、我が家では、子供に見せるテレビ番組について、あまり制限しようとはしていない。全員、眠くなって21時には床に就くような生活リズムで過ごしているために、結果的に「ふさわしくない」というような番組が時間帯として目につかないのかもしれない。

また、我が家ではザッピングというか、何気なくテレビをザーッと流し見して無目的にチャンネルをコロコロ変えて行って観たい番組が見つかったら観る、といったようなケースもほとんど無い。大抵は、「この番組が観たい」→「予約録画する」→「その録画した番組から観る」というケースがほとんど全てだ。言わば、最初から決め打ちをしている。

私が子供の頃などはテレビ番組自体少なかったし、その中でも色々とチャンネルを変えて面白そうなものを探していたものだけれど、今はそういう時代ではないのだろう。今の時代特有なのか分からないが、ありとあらゆるテレビ番組があふれているので、自分で探すとなると、よほど確固たる軸を持っておかないと、その情報の海に溺れてしまうのかもしれない。

とは言うものの、我が家のレコーダに保存されているテレビ番組は、ほとんどが子供向けアニメだ。プリキュアドラえもんクレヨンしんちゃん鬼滅の刃・・・。以前に記事にも書いたのだけれど、私個人用には、ごくわずかにナイトスクープとかを例外的に保存したりしているくらいだ。ほとんどが子供用に録画したアニメばかりで、しかもどれも勧善懲悪モノだ。

普段そういう趣向のものばかりに触れているからか、小学生の息子なんかは、非常にピュアな心の持ち主になってしまった気がする。

たまーに、私が二時間ドラマのサスペンスものなんかを流し見していて、作中で、大人が大声で言い争いをしていて挙句の果てに鋭利な刃物で相手の胸元をグサリ・・なんてシーンが流れると、彼は「どうしてそんなテレビ番組を見てるの。怖いからやめてよ!」と本気で怒ってくるほどだ。あまりにピュアすぎるというか、ちょっと真面目というか、「良い子ちゃん」を求めすぎてしまったのだろうか・・。

しかし先日、テレビで「ドリフターズ」の傑作選のような番組が放送されていたときのこと。「ああ、この番組も子供たちは興味ないだろうから、違う番組にするか」と私がチャンネルを変えようとしたところ、それを何気なく見だした息子が一言、「ちょっと待って。変えないで。これ、録画してくれる?」と。

えっ、まぁいいけど・・と録画して、しばらく息子の様子を見ていると、もうバカ殿とかひとみばあさんとかのコントを食い入るように見て、ここぞというオチのタイミングで、彼はゲラゲラ、ガハハハ。あまりに笑いすぎて、息子は呼吸が苦しそうに見えたほどだった。最近のもの昔のものを問わず、どんなコントでもツボにハマっているらしかった。「ちょっと笑いすぎてお腹痛い。この番組、ロックしよう」と息子は嬉しそうな顔で話していた。

ちなみに、ロックというのは、レコーダーの機能で番組を保護することができるものだ。これをすると、誤って番組を削除しようとしても「保護されてます」と表示されて消すことができなくなる。息子は、消したくない、大事にしておきたい番組にだけこの「ロック」をしている。だから、「ドリフ」はよほど彼にとってお気に召した番組のようだった。

考えてみれば、たしかに我が家の子供たちが普段観ているテレビ番組はアニメばかりで、そのどれもが「悪いことはダメ。悪者はやっつけましょう。それが良いことです。主人公がそれをやるからそれが正義なんです」という構図、つまり、勧善懲悪のものだ。

それはある意味正しいかもしれないが、言ってしまえば、「ん?」と疑念を持つ隙間さえも与えない堅苦しさがあったりする。そもそも「これは悪いもの、これは良いもの」なんてバッサリどちらかに決めることができないケースもある。全員が全員同じことをして列を乱さず同じ方向を見ることが「健全」な世界というわけでもない。見方や立場が変わっただけで、善悪の基準なんて簡単に崩れる。なぜならそれは、自分ではない「誰か」が勝手に決めた基準だからだ。

だから大事なことは、自分の中で可能な限り客観的な価値を持つこと。そして、それを基準にした上で自分はどう考えるかどう感じるかの意思を持つこと。そのためには、物事の両面を見るようにすることが良いように思う。実はそういったことを、今回ドリフから学べたような気がした。

言わば、「ちょっと変でいい」「ふざけていい」「不真面目でもいい」「馬鹿なことして面白い」そんな遊びというか、隙のようなものが人生にはあった方がいい。それがあることで、真面目⇔不真面目のバランスが取れて、格段に世の中を生き抜きやすくなる気がする。どちらか一方向にだけ偏るのではなく、そのどちらも行き来できる感覚を持つこと。そのほうがよほど「健全」だと私は思う。

アニメとかでも「教育上よくないテレビ番組」とか言われたりするものもあるけど、個人的には、子供ってそんな単純でもないと思うんだよな。物心ついて段々と世の中に触れて考え始めるようになってきた年頃の子にとっては。単に、そういう番組なんてのは一インプットに過ぎないというか。

むしろ無理に制限をかけすぎることで、逆に「教育上良くない」結果になったりすることもあるのでは、なんて思ったりもする。臭いものにはフタ、というか、綺麗なものばかり見せて育てても、結局は世界はそんなに綺麗なものばかりではない。だから本当は「ふさわしくない」なんて番組は無いのかもしれない。一つの免疫のような効果というか。もちろん、物心つくかつかないかという子供に対して、無制限に残虐なものや非人道的なものに触れさせるというのも違うとは思うけれど。

つまるところ、ナイトスクープでもドリフでもどんな番組でもいいのだけれど、今回、ピュアすぎる息子にとっては、ちょっとお馬鹿なことをしている大人たちを観ることで、自分の世界観というか価値みたいなものをグラグラと揺ってほしい。そして「世の中はこういうものなのか、色々あるんだな」と、何か自分自身の基準みたいなものを少しでも固めてくれる一つのきっかけになってくれたりすると嬉しいなと思った。そんな話。