あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

全員が全員クリエイティブなわけがない話。

今の勤め先で働くようになってから、割とずっと長く開発業務に携わらせてもらっていた。直接手を動かす機会も多くてそれなりに満足していた。

ところが先日、社内のエライ人に個別に呼ばれて、内示というか人事異動の打診があった。今後は、それまで担当していた開発とは異なる、企画寄りの業務のほうにウエイトを占めてもらいたいとの話を貰った。

この話があった時、一瞬「やべっ、適当に仕事してたのがバレて、ついに左遷か・・?!」と思ったが、そういうわけではないようだった。上の人としては、幅を広げる意味で、ここら辺で今までとは違うキャリアにチャレンジしてみてはどうか?とのことだった。どうやら社内の大きなプロジェクトに最上流フェーズから参画させてもらえるようで、期待はしてくれているらしい。

上司が尋ねる。「どうかね、受けてもらえるかい?君のキャリアにとってプラスにもなるだろうし、悪い話ではないと思うのだけれど・・」

私は一瞬、返答に窮してしまった。


意識高い系の人たちであれば、そのような話が来れば「チャンスだぜ、よっしゃー」と思うのかもしれないが、なかなかどうして自分はそういう気にはなれない。

「期待に応えることができるだろうか」なんてことを考えると、私は、なんとも焦るというか気を揉んでしまう。誰かに期待をかけられると、そりゃ人間だから嬉しい反面、肩に力が入りすぎてしまいがちだ。

実は過去にも、違う会社だったが、ペーペーのくせに一本釣り指名されて、大規模なプロジェクトにアサインされたことがある。その時は、既に移行間近の最終検証フェーズで参画して、大炎上している状況だった。当時の私は、年次的には下っ端にも関わらず、多くのベテラン開発メンバーたちの作業を管理する立場に置かれ、右も左も分からないままガムシャラに深夜残業や休日出勤を重ねた。結果どうなったかというと、潰れてしまった。精神的に病んでしまい、会社に行けなくなってしまった。社会人になって3年とか4年目くらいの若手の頃のことだった。

そんな経験があるものだから、無駄に「期待に応えよう(期待を裏切らないようにしよう)」などとは考えないようにしている。潰れてからでは遅い。自分を守ることを最優先しなければならない。

まぁ、それはそれでいいのだけれども。

今回のことに関連してなのか、担当するプロジェクトとは別に、社内の業務効率化とか変革推進とかそういう施策の一環で、効率化のアイデアや構想を練って検討する会議にも出席することになった。出席者はそれこそ社内でも力を持っているメンバーだ(私以外)。そのため、自分で思いついたアイデアを表に出すことで、それがトップダウンで本当に実現する可能性が高い。

その会議で提案したアイデアによって、会社はコスト圧縮そして売り上げも増加、つまり業績アップに直結。ということもあり得る。まさに、自分の頭脳一つで会社を動かす可能性のある、言わば、クリエィティブな部分の大きい仕事だ。

しかし、自分で言うのもなんだが、別に私は自分のことを「クリエィティブ」な発想ができる人材だとは微塵も思っていない。それどころか、今やっている仕事ですら誰かが決めた仕様に沿って粛々と作業をこなすだけのものだし、それに満足している。開発業務一つとっても、ユーザからの要求仕様を検討したり関係者調整するという仕事ですら、超が付くほど苦手だ。それでも、イメージを可能な限り膨らませて、ポンチ絵など分かりやすい資料を作成して、関係者に説明している。仕事なのでやらざるを得ず、仕方なくやっている。

そして何より特筆すべきは、上に書いた「アイデア」→「会社の業績アップ」というルートが実現したとしても、その間には、ざっと考えただけで、以下のようなプロセスは存在するだろう。

・「アイデアを出す」。
・そのアイデアの費用対効果を分析する。
・会社の上層部や各部門の責任者を説得。
・影響する業務担当者にも説明。
・大多数を味方につけて要求を取りまとめる。
・導入するサービスや製品のベンダに見積もり。
・コンペで要求仕様を説明して諸々交渉する。
・委託先が決まったら、開発のやり取り。
・受け入れ検証で社内のメンバーに説明。
・品質OKであれば、ようやくローンチ。
・導入後に現場からのあれこれに応える。
・不具合や運用ミスあれば修正対応。
・新たな運用をまた関係者を集めて説明。
・運用が流れに乗ってくる。
・やっとコスト圧縮とか売上とかの話。
・「会社の業績アップ」。

要するに、単純に思いついたことを発言してそれがすぐに直接会社にとって良い結果に繋がるわけではないということ。「クリエイティブだ」と言ったって、結局は上記のように、大多数の人に関係するタスクが山盛りだし、常に彼らと渡り合う必要があるのだ。まず、コミュニケーション能力が終わっている私のような人間には、どう考えても割に合わない仕事であることはたしかである。

だから、仮に私が、その対人関係の類の「苦手」なタスクでもそれなりに結果が出ているとして、それを上の人が見て「こいつはこんなの出来そうだから今後はこれを任せよう」とか考えて、上流工程よりもさらに上の、企画だとか構想だとか、そういう創造的な仕事を振ってくれるのだとしたら、大変申し訳ない。恐らくあなた方が考えていらっしゃるクオリティで、私はこの仕事をこなすことはできないでしょう。ということになる。期待外れとなって申し訳ありません。全力で謝りたい。謝らないけど。

そういうわけで、イメージ的には、意識高い系の学生たちがみんなこぞってやりたがるようなキラキラしたクリエイティブっぽい業務(実際は知らん)に見えるが、別に世の中の社会人全員がそれをやりたいわけではないと思うんだけれどな・・ということだ。少なくとも私はやりたくはない。それよりも、地道にコード書いたり追ったり、ひたすらデータ検証したりするほうが好きだ。上流すら嫌だ、下流がいい。関わる人も少ない方がいい。知らない人とお話したくない。


冒頭の話に戻る。

「どうかね?引き受けてくれるかい」上司に訊かれたとき、そんな内容のことが一瞬でガーッと頭の中を駆け巡り、「いやどう考えても自分には無理でしょ」という結論に至った。答えは決まった。

私は、二つ返事で「はい、やらせてください!」と引き受けた。

なぜなら、向こう数十年間の住宅ローンを抱えている身として、無下にこのオファーを断ったことで評価が悪くなり、挙句の果てにクビになったりしては困るからだ。私の「苦手」だとかそんなものはどうだっていい。「安定的にお金が貰える状況」それが大事。「苦手な仕事」だろうがご飯を食べていかなくちゃならない。

もっとも、サラリーマンの辞書に「できません」は無いのだ。あったとしても、そんなページは、とうの昔に既に破り捨てた。代わりにこっそり差し込んだのは「申し訳ありません、善処したのですが、力及ばずでした」という言葉だ。この言葉が載っているページだけは、真っ黒く手垢がつくほど汚れている。

やるだけやってみればいい。やってみてだめなら仕方ないのだ。