あさぶろ日記

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生まれ持ったものや受け継いだもので、人生のモードは大体決まってくる話。

環境とか先天的に譲り受けたものによって、その後の人生の生きやすさがだいぶ変わってくる。という、ごくごく当たり前の話。

結局、持てる者は強いのだ。

私が育ったのは、特段、裕福な家庭でもないが、かと言って貧しい家庭というわけでもなかった。

田舎だったが、住んでいた場所は、先祖代々から所有していたという広い土地だった。同居していた祖父母は農家をやっていたので、色々な野菜や果物、お米を自給していて、食べ物に困ることは無かった。父は、東証一部の企業に勤めており、平均と比較しても収入は高かったのだろうと思う。

私は、そのような家庭で生まれ育った。めちゃくちゃお金持ちというわけではなかったが、お金の面で不自由した記憶は無い。経済的な事情などで進路を反対されることもなく、大学まで出してもらえた。

これだけ聞くと、生まれてから恵まれていて、割と「人生イージーモード」で生きてきたのかもしれない。この先もずっとここに住んでいれば、そのモードに近い状態を維持できるようにも見える。

それを実現するプランというかストーリーを考えるなら、ザッとこんなところだろう。

大学を出たら、父が勤めていたような、地元でも大きな会社に勤める。実家から通勤するので、お給料のほとんどは貯蓄できる。独身時代は、自分のために使える可処分所得が多く、好きなことにお金を費やすことができる。

ある程度したら、結婚して家庭を持つ。そうしたら、親から土地や家を引き継ぐ。親から貰った土地に家を建てたりして、自分の家族を住まわせる。近所の人も、自分が小さい頃から顔見知りだ。親戚の家も近い。地元の友人や知り合いも多い。何かあっても手厚いサポートが期待できる。

会社は定年まで勤め上げて、その間に子供も独立する。老後は、子供たちにお金や不動産などの資産を残してあげて、何不自由ない状態で地元に住み続けてもらう。

そうすれば、私も子供世代も、一生安泰な生活だ。

しかし、私は現在、そういった状況にない。

大学進学を機に実家を出たが、卒業後も実家には戻らず、上京して独り立ちした。それから家庭も持ったが、実家とは離れた場所に家を建て、そこに暮らしている。決して実家との関係は悪くはないと思っているが、これからも、実家に戻る予定は無い。

仕事は、妻も働いているので共働きだ。今現在は、無理の無い範囲で暮らせている。しかし、この先どちらか一方だけの収入になれば、生活は厳しくなるだろうとは思う。貯蓄をしつつ、家のローン返済もして、日々の暮らしを何とか成り立たせている状況だ。

つまり、まだ何とか今は生活できているが、いつ「ハードモード」の人生になってもおかしくはない。ギリギリのところを何とか綱渡りして生きているという感じがある。

「じゃあ、実家に戻ってそこで暮らせばいいじゃん」と思うかもしれないが、そういうわけにもいかない。

実は、父は、私が大学生の時に既に亡くなっている。母は、それまで父の収入によって生活費のほとんどを賄ってきたと思うが、今では自分で働きに出るようにもなっている。実家の祖父母はというと、今では、高齢のために家業であった農家は廃業した。父や叔父は、農業を引き継ぐことはしなかったのだ。そろそろ、介護や施設、相続など、今後のことを考える必要も出てきている。

ただ、祖父母そして親が居なくなった時、残される財産は、どうやら土地と屋敷くらいのようだ。言い方は悪いが、田舎の不動産を売っても二束三文にしかならない。それだけで暮らしていけるだけのお金にはならない。我々夫婦と子供がそこに住むというのも、現実的ではない。私も妻もそれぞれの職場へ通勤するにしては、そこはあまりに不便だからだ。

詳しく確認はしていないが、不動産以外では、恐らく現金などの財産もほとんど無いだろう。父は闘病生活が長く、医療費も少なからずかかっていたようだ。母だって、今はまだ働けているが、もう若くはない。祖父母も、蓄えがどれだけあるかは分からないが、年金で日々の生活を賄う程度だろう。

つまり、実家に戻ったところでもうそこに頼ることはできない状況であって、自分たちは自分たちの生活を送っていくだけで精一杯ということだ。もはや「イージーモード」ではない。

そして、もっと言ってしまうと、自分のことなど正直どうでもいいのだが、主に子供たちに対しては、子供たちが自身の人生を選択して歩めるように、親として出来る限りサポートをしていきたい。そう考えているし、現にそうしているつもりだ。

ただ、申し訳ないことに、上で書いた通り、私や妻から子供たちに対して残せる財産などは、大きなものは恐らくほとんど無いだろう。今住んでいる土地や家は、子供たちが希望するなら喜んで引き継ぐが、無理に受け継いでほしいとも思っていない。きっと彼らが独立する頃にはこの家も古くなっているだろうし、土地の価値が上がっている保証は無いからだ。負債を背負わせるつもりはない。

だから、彼らにとっては、現時点では経済的な面においては、生活する上で何か不都合とか不便は感じていないはずだ。しかし、彼らが自立して家を出る頃になったら、その先は、自分自身の力で自活していってもらう必要があるということだ。
私が今、そうしているように。

何が言いたいかというと、やはり「親世代から受け継いだもの」次第で、人生の送りやすさはある程度は決まる、と思うのだ。

生まれてからの生活もそうだが、成人して自分が独り立ちしてからの生活もそうだ。莫大なお金や高価値な不動産があれば、経済的な面で暮らしやすいとは思う。ただそうでなくとも、普通に、親が居て、祖父母も居て、近くに知り合いが居て、昔からその場所に住んでいる、というのはそれだけで強い。物理的に、アドバンテージというか、だいぶ生活のしやすさはあるのだと思う。

私は、今自分でこうして、生まれたわけでも育ってきたわけでもない、縁もゆかりも無い町で生活している。お互いの親の家からは微妙に離れているため、直接的な支援は受けにくい。それでも十分検討をした上で、仕事や子供の都合、色々な事情でこの場所を選んで、後悔はしていない。何とか上手くやってきているつもりで、現時点では幸せだと言える。

けれど、やはり慣れない土地でサポートも無く、正直、苦労することもある。昔からこの町に住んでいる同世代の人なんかを見ると、「ああ、恵まれた状況にあるんだな」と羨ましく思ったりもする。

何かしら親世代から受け継いだうえで、自分も同じ場所に住むことができるというのは、RPGのゲームによくあったような「強くてニューゲーム」状態である可能性は高いと思うのだ。

もちろん、親がただ住んでいたというだけで自分の人生が幸せになるわけでもないし、親が居なくとも、見知らぬ土地で暮らしたとしても、自分自身の力で成功する人は山ほど居るわけで。その逆で、幾ら恵まれていたって自分の行動次第で全て無駄にする可能性もあるわけだけれども。

なんとなくふと「生きていく」ということを考えた時、そんなことを思った。まあ人生はお金に限らず人間関係とか色々なことがあるので、常に手放しでイージーなものって無いよなぁ。