あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

まだ見ぬ不安要素に怯えてしまう話。

ちょっと仕事の話。

一応私は、普段ITエンジニア的な仕事をしているので、大体毎日システムと向き合っていたりする。ところで、この仕事をしていると、心臓がギュッとなるというか寿命が縮まるような気持ちになることがある。
例えれば、精神がガチガチに固められて身動きがとれなくなった状態にされたうえで、それを刃こぼれした切れ味の悪いスライサーでシュッシュッと薄く削られるような気持ちというか。
要するに、神経が擦り減るような思い。

そのような思いになるのが、システム開発の案件がカットオーバー、つまりリリースされた時だ。
これは、もしかしたら私が単に臆病だからというだけなのかもしれない。とあるシステムや機能を開発してそれがリリースされるというのは、本来なら「やったー!」と嬉しい気持ちになると思いきや、何となくどんよりとした「うーん・・」という気持ちになる。少なくとも私は。もう10年以上この仕事をしているが、リリースされて晴れ晴れとした気分になったことは、多分ほとんどと言っていいほど無い。

その理由は、きっと「何かトラブルが起きてしまうんじゃないか」という不安から来るものなのだろうと思う。
リリースした瞬間からシステムは、開発側の手を離れ、お客さんの物になっていく。だからと言って「がんばれよ!元気でやれよ!じゃあな」と言って縁を切れるわけでもなく。何かエラーなり不具合なりがあれば、お客さんから「どういうことだ!」とクレームが、作ったこちら側に対して投げられる。つまり、言い換えると、リリースした瞬間から、その声に怯える日々が始まるということだ。

そういうわけで、自分が開発を担当した機能に何か不具合が生じているんじゃないかと、気が気でない。ドキドキしてしばらくは気分が休まらない。少なくともリリース初日は、何を食べても味はしない。さすがに何日かすれば気持ちは段々と落ち着いてはくるが、それでも突然「なんかうまくいかないんだけど」的な内容の問い合わせが来たりすると、思い出したようにドキッとして「えっ、俺かな。俺の作ったところが変なのかな。大丈夫かな…」と一気に不安モードに突入する。

察しの良い方はお分かりかもしれないが、最近、担当していた大きめの案件がリリースになった。
それはそれで肩の荷が下りた一方で、現在、急激な不安に駆られているというわけだ。無性に「あぁ、あの帳票、変な出力値になっていないかな」とか「ああ、あの画面はおかしな計算結果になっていないか」とか「あああ、自分が気付かない機能で、想定外の動きをしていたらどうしよう・・」とかいう具合だ。

でも、普通に考えれば、プログラムにバグ(不具合)はつきものだし、まだ現れてもいないトラブルに怯えるというのも、実は滑稽な話だ。
不具合が起きたら対処すればいい。というか、そうなったら普通に放っておかないし対処するだけ。そこは淡々と、粛々と、プログラムを修正して対応するだけなのだ。

こうやって、「ああ不安だ」からの「いや、でもやるだけやったんだから仕方ないな」で気持ちが少し上向いて、それでまた「ああやっぱり不安だ」のループに入るという・・。そのような繰り返しをしながら、私は日々の仕事にあたっている。でも、あんまり気にしすぎると心を病んでしまうので、ほどほどにして適当に肩の力を抜いていかないと、務まらない。

なお、別にITとかシステム開発の仕事だけが、こういったストレスやプレッシャーを感じるとは思っていない。私は過去にほんのり、これとは異なる他の業種・職種を経験したことがあるが、やはり他の仕事であっても「胃がキリキリするなぁ」という思いはした。多分どんな仕事も精神は擦り減る瞬間はあるのだ。

でもだからこそ、「気にしすぎてはいけない。それは杞憂だ」そういう思いを常に何処かで持っておいて、自分を防御することも、きっと大事なことだと思う。

そんなとき、私はいつもこの言葉を思い出す。

Anyone who has never made a mistake has never tried anything new.

一度も失敗をしたことのない人は、何も新しいことをしなかった人だ。

Albert Einstein失敗するということは挑戦しているということだから。何も挑戦していないよりはマシかなと、思うようにしている。そして、あとはもう、やるだけやったなら仕方がないということかなと思って、気持ちを切り替えるようにしている。