あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

ゲームに見た職務の志向のような話。

小学一年の息子の話。
「またかよ」と思われるかもしれない。決してネタ切れで困った時に子供の話を書いているわけではない。何とも気付きが多いのだ。

前にも何度か記事で書いているが、彼はゲームが大好きだ。特にスーパーマリオが大のお気に入りだ。

マリオ様様の話。|あさぶろ|note 前回くらいに我が家のゲーム事情について書いたので今回は焦点を絞ってみる。 突然だが、我が家の小学生の息子はスーパーマリオ note.com

ゲームの魅力は時空を越える話。|あさぶろ|note 義理のお兄さんからゲームを貰った。スーパーファミコンだ。 厳密には、「クラシックミニ」という手のひらに乗るサイズのもので note.com ところで、息子がゲームをやるにあたって、一つ気になることがあった。

それは、彼は必ずしも「自分がステージをクリアすること」を目的としてゲームをやっているわけではないかもしれない、ということだ。

たとえば、スーパーマリオで言えば、ラスボスであるクッパを倒すまでの間に、数多くのステージをクリアし、ボスを倒す必要がある。私は、最近のゲームこそついていけないが、幼い頃から、ファミコンスーファミゲームボーイ、64、プレステくらいまでなら色んなゲームをやってきた経験があるし、スーパーマリオも、割と得意な方だった。だから、息子がクリアに難儀しているコースも、代わりにプレイしてゴールすることも簡単だ。

ただ、個人的には「人にクリアしてもらって楽しいのか?」と思いがあったので、なるべくなら息子にやらせてあげようとしていた。自分だったら、やっぱり自分でステージをクリアしたいし、ボスも何度負けても自分の力で勝ちたいと思うからだ。

でも、よくよく聞いてみると、彼は「クリアできればそれでいい」と考えているようだった。私が「えっ、自分でやりたいと思わないの?」と訊くと、彼は「いいよいいよ、早くゴールしたいからさ」とのことだった。

これは私としては衝撃だった。
「ゲームは自分でやるから面白い」と考えていた私には、理解できない考え方だった。

たしかに彼の言動を見ていると、各ステージの細かい仕組みやBGM、それぞれのボスのプロフィール、このゲームのありとあらゆる要素を熟知していることから、そのゲームに対する彼の愛情や熱量は十分に感じられた。その一方で、彼がプレイするにあたっての操作性というのは、正直言ってそこまで高いようには見えなかった。

どうやら彼は、「自分でクリアする」ことよりも「ゲームとしてクリアした状態になる」ことを望んでいるらしかった。現に、息子が自分でちょっとプレイしてゴールできなかったコースについては、すぐに私に「パパ悪いけどクリアしてくれない?」と依頼が来る。

これは、仕事におけるプレイヤーやマネージャーなど職務の関係に似ている。

私は、いつからか分からないが、仕事上自分の担当した作業に関しては、どうしても自分で完璧にこなすことを目標にしてしまう節があった。

それは、聞こえは良いかもしれないが、効率としてはなかなか悪い。慣れない作業であっても、とにかく自分でやろうとしてしまうので、他の得意な人や経験のある人にちょっとアドバイスを貰えば解決するような問題でも、一人でウンウン頭を悩ませてしまう。それで時間ばかり経つことになる。どうしようもなくなったら最終的に誰かに訊くのだが、ものの一瞬で解決したりする。「もっと早く訊いときゃよかった…」と何度思ったことか。

要するに自分は「なかなか人に頼れない」人間だ。どうしてもプレイヤーの目線になってしまう。自分がまずやりたい、できることなら自分が解決したい、というものだ。

でも、ゲームに見た限り、息子は私とは異なる。
彼は、プレイヤーではなく、マネージャー目線でゲームを楽しんでいるようなのだ。

もちろん彼自身がゲームするのは楽しいらしいのだが、彼の本当の目的は「ゲームをクリアすること」であって、「『自分が』ゲームをクリアすること」ではないようだった。結果的に、全体で見てその目的が達成できればいい、ということのようだ。

思い返せば、たしかにその兆候は他にもあった。

息子はスーパーマリオのゲームが好きではあるが、今現在、彼が一番好きなソフトは、「スーパーマリオメーカー」だ。これは、自分で好きにマリオのコースを作成できるという内容のものだ。このソフトは中古で買ったのだが、他の「スーパーマリオブラザーズU」とか「スーパーマリオ3Dワールド」などの人気のタイトルに比べると、かなり値段は安かった。「自分でコースを作るなんてそこまで面白くないから人気が無いんだろうな」と個人的に考えていた。

しかし、息子にしてみたら、このソフトはドンピシャで彼の嗜好にマッチするものだったらしい。自分で思い描く理想のコースを何個も何個も飽きずに作っていった。それは必ずしも自分でゴールすることを目的としていなかった。私や妻に、「ねえ、こんなコース作ったからやってみて」と得意げにプレイさせて、あまりに難しくてゴールできなかったりすると、満足げに「いやぁ、難しいか。それじゃもうちょっと簡単にするかな」とか言っている。

彼自身がプレイヤー役を演じるというよりも、プレイヤーが課題をクリアするまでを如何にコントロールをするか、ということ。そして最終的な課題解決をゴールとするのであって、そこに自分自身がプレイヤーである必要はない。それらの視点は、紛れもなくマネージャーとしての俯瞰的なものだ。

もしかしたら、各々のゲームの楽しみ方によって、プレイヤー/マネージャーといった職務以外にも、もっと細かい志向の分類ができるかもしれないが、今回はこのくらいでやめておこうと思う。

いずれにせよ、そんな息子のマネージャー気質は、他人に任せることが苦手な自分にしてみたら、羨ましささえある。