あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

動画と音楽はどっちが優れているのかという話。

結論を先に書いちゃう。

どちらが優れているとかは無い。動画も音楽も、どちらにもそれぞれの良さがある。
前に記事で書いたかもしれないが、我が子には、遊び用に(でも実は知育目的もある)タブレット端末の iPad を渡している。で、そのタブレットには、あらかじめ私が選んだ動画や音楽も入れている。

今、我が家の子供たちは、鬼滅の刃が大ブーム中である。先日、鬼滅の刃のサントラを手に入れたので、タブレットの MUSIC アプリのほうにも音楽を入れてあげた。

すると「あれ、これは絵は動かないの?」と子供。アプリを起動して炭治郎の絵のまま動かない画面を見ながらそう言った。私は「そうだよ、これは動画じゃないからね。音楽だけ」と返した。

そうか、今の子供は(というか私の子供が触れている環境としては)、

「動く絵(映像)があって当たり前」

という状況になっているのかもしれない。

思えば、テレビをつければ、映像もあって音も出る。それが当たり前になっている。もしかしたら今は、ラジオなんていうツールを知らない子供も多いだろう。「映像が無くて音が出るだけなんて不便だな」そう思う子も居るかもしれない。

けれど、「音が出るだけ」というのは、ツールとして劣っているとは、個人的には全く思わない。

かなり主観的な意見になるけれど、私は中学生~高校生にかけての間、ラジオが大好きで仕方なかったから、そう思うのだろう。当時は、MD(ミニディスク)という何ともカッコ良いディスクがあった。それに好きなラジオ番組を録音して、来る日も来る日もウォークマンでそれを聴いていた。毎週月曜日の深夜。AMラジオ、周波数は954 kHz。これだけ書けば分かる人も居るかもしれない。

そもそも、MDなんて知らない人も多いだろう。それまでは、CD は汚したり傷つけるとすぐに音が出なくなるから取り扱いに気を使うし、カセットテープは強度が低くてすぐにテープがビロンと飛び出して聞けなくなっていた。その点、MDは、CDほどかさばらないし、盤面はケース内に入っているから持ち運びも楽だし、カセットテープよりも(個人的に)丈夫でカッコ良く見えていた。そんな画期的な媒体だったのだ。当時は。今は影も形も無いが…。

思い返せば、私がラジオに出会ったのは、中学生の頃で、初めは文化放送だった。友人から声優のラジオ番組を勧められて聴いたのが初めだった。でもなんとなく他の局の番組も聴くようになって、中学校では休み時間や放課後に、友達と「あの番組のこれが面白かった」だのそういった話をたくさんしていた。楽しかった。

そして高校に上がった私は、周りに仲の良い友人が誰も居ない環境に身を置くようになった。クラスでも一人。加入した部活動も何となく上手くいかなくなって、幽霊部員化。放課後に、やんちゃぶった友達とデパートのゲーセンに入り浸ってみても、やっぱり楽しくなかった。そんな時、孤独で苦しい時間を紛らわせてくれたのは、やっぱりラジオだった。この頃は、本来なら60分のディスクを120分に拡張して、2時間のラジオ番組を録音して聴いていた。楽しかった。

大学に上がると、それまで聴いていた番組の周波数が、その地方で入らなくなったのと、下宿先に音楽コンポは持っていけないとかで、段々と聴かなくなってしまった。

話が脱線してしまった。

動画は、音もあって動きもある。テレビもそう。映像があるということは視覚も、そしてサウンドもあるから聴覚までも、そのコンテンツに引き込まれる。なんと素晴らしいことだろう。まるで追体験しているようだ。きっとこの先も、VR なんかにもあるように、どんどんと現実社会と仮想社会の境目が曖昧になって、まるで自分が体験しているかのように、普通そこでは体験できないようなことを味わうことが可能な世界になってくるのかもしれない。

でも、それは、音だけのものと比べて優れているように見えるかもしれないが、違う。

音だけなら、聴覚だけを預けた状態。動画ではなく、あえて音楽。音だけだから、それを聴きながら他のことをすることができるのだ。「ながら」という状態が可能。反対に、動画を視聴しながら、他の何かをするのは危険だ。

でも、何よりも、もし「聴く」ということだけに専念した場合、どうなるか。そこには、想像の世界が広がることになる。「ながら」の状態はそれはそれで効率的かもしれないが、「ながら」の状態を排除して、聴覚のみならず他の感覚を、そのコンテンツに預けると、見えないはずのものが見えてくる。まるでそこに存在しているかのように。

ラジオもそうだ。昔、好きなラジオ番組を聴いていたときには、本当に、どんな人が喋っているか見えないからこそ、イマジネーションが搔き立てられた。話し手が喋る世界に招待されて、まるで異世界を旅行しているような感覚にもなった。

だから、優劣ではない。どっちがコンテンツとして優れているとかではない。どちらにも良さはあると私は思う。

と、そんなことを言っても、幼い子供には理解してもらえないだろうな・・。なんてことを考えながら、子供にタブレットを渡したら、MUSIC アプリを開いて鬼滅のサントラを聴いて「うん。絵は動かないけど、なかなか良いね」みたいなことを言っていた。

まぁそれだけ分かってくれるだけで良いか。