あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

節分の話。

昨日は節分でした。小さい子供が居る我が家では、もちろん私が鬼役になりました。年々、豆をぶつけてくる力が強くなり、子供の成長を感じる・・。

さて、節分と言えば、豆まきではあるけれど、いつからか恵方巻を食する習慣も定着しつつある。節分の日に、近所のスーパーに行けば、総菜コーナーではいろんな種類の巻き寿司が売られていた。ちなみに、我が家では、「とんかつ巻き」やら「焼肉巻き」みたいなのを買った。すごい、もはや何でもありだ。なお、私は糖質抑えているので食べてない。

そういえば、恵方巻の思い出について。
私は大学時代は関西に住んでいたのだけれど、知人の家に遊びに行ったとき、ちょうど節分の日だったのかで、一緒に恵方巻を食べることになった。「節分の日に食べんねん。関東の人は知らんの?」(当時の口調は正確ではないかもしれないです、ごめんなさい)

その時、私にとって初めての恵方巻だった。それまで過ごした町ではそんな風習は無かったように感じる。うちが田舎だからか。いや、なんか関東でもここ十何年くらい前からじゃ無いか?分からないが…。

とにかく当時、手に取った太巻きの、それはもう太いこと太いこと。「こっちの方角な」と言われた方角を向き、その太い巻き寿司を食べ終わるまで喋っちゃいけない。当時それほど寿司が得意でなかった私にとって、申し訳ないが、軽く苦行のような思いをして、何とか平らげたのを憶えている。

節分は私が育った家では、単に豆まきをするだけだった。ただ、鬼役が登場した記憶は無い。
祖母が煎ってくれた大量の大豆を大きいザルに乗せ、そこから各自手に持った枡いっぱいに豆を詰め込む。そして、家から外に通ずる開戸や窓を開けて、各々が力いっぱい豆を外にぶん投げて行く。「鬼は外!福はうち!」大声を上げてそう叫び、屋敷の中の各所を回る。その後、みんなで食卓につき、升に残った豆から、自分の年の数だけつまみ出し、無言でそれを食べる。煎り具合が甘いのか、わざとなのか、結構その大豆が硬いのだ。カリカリポリポリただひたすら、決められた豆を噛んで食べる。節分とは、私にとってそんな儀式だった。

生まれてから18年間そういったしきたりが当然だと思っていた。だから、大人になって、豆を別に年の数だけ食べなくていいとか、そもそも豆を食べなくていいとか、恵方巻きなどという太巻きを食べるという習慣があることを知って、軽く衝撃を受けた。あと、市販の煎り大豆がこんなに美味しいというのも衝撃だった。

今では、恵方巻きは、家族の分は買うけど自分は食べない。豆まきはするが、自分で煎ったりしない。市販の大豆を買う。豆を食べる数も、好きな数だけ食べる。なんなら節分以外の日にも、普通に煎り大豆は食べる。美味しいしタンパク質多いので。

そうして私は、古いしきたりから解放されたのだ。