あさぶろ日記

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仕事をするうえで大事にしている考え方の話。

突然だけれど、忘れてしまいそうになったので書いておきます。私が、仕事をするうえで大事にしている考え方について。

単刀直入に、今現在、心に置いている方針は以下の3つ。

1.現場で力を付け常に腕を磨き続けること。
2.プロ(専門家)として誇りを持つこと。
3.自分を含めた家族の生活を豊かにすること。

これらは、転職とか、働く上での転機を迎えるごとに「一体何のために働くか、どこに価値を置いて働くか」と問うた結果、他の色んなものは零れ落ちたけれど、気が付いたら残っていたものだ。

なので、今後は変わるかもしれないが、現時点ではこの3つになっている。そんな経緯について、以下順を追ってご紹介する。

1.現場力

これは、自分が管理する立場になっても、極力「手を動かす」人間で居たいということ。

私が新卒で勤め始めた会社は、とある事業会社のシステム関連会社だった。そこで、総合職として、社会人のキャリアをスタートさせた。総合職という名前ではあったが、言ってしまえば、ユーザ系システム子会社の社員なので、「SE(システムエンジニア)」として勤務をすることになった。仕事内容は、システムを開発・保守すること。

だが、この会社では、基本的には「プログラミング」と呼ばれる、実際の製造作業というものは担当しなかった。非常に曖昧な定義ではあるが、あくまでプログラマーではなくシステムエンジニアだったというのがミソだ。

業界外の人には何のこっちゃ分かりにくいが、システムを開発する工程というものがあって、ざっくり言うと、「要件定義」⇒「設計」⇒「製造」⇒「テスト」⇒「移行」という流れをたどる。この開発手法をウォーターフォールモデルと呼ぶ。現在は、この手法以外にも、アジャイルスクラム、プロトとか色々あるけれど、当時勤めていた会社は、古くからのビジネスモデルの会社だったので、この手法を採用していた。

そして、「要件定義」や「設計」の工程を「上流工程」と呼び、それ以降を「下流工程」と呼ぶことが多い。まるで川の流れが上から下に流れるように、川上でお客さんがシステムの要望を出し、それを川下に従っていくにつれて、システムがカタチになるような格好だ。

そしてこれまた、ざっくりした職種で言えば、上流の中でもビジネス的な検討や企画、要件定義をメインで行うのはコンサル。上流部分の主に設計以降、場合によっては製造・テストを含めた下流工程も行うのがシステムエンジニア。主に製造部分をメインで担当するプログラマー。なんて言う区分けもあったりする。絶対ではないが。なお、一般的に、「上流」であればあるほど、立場が上で、待遇も良い。とされている。

私の勤務先の会社では、「上流工程」を担当することが多かった。とはいえ、プロジェクトによっては、「製造」工程つまりプログラミングも行うこともあったが、基本的には手は動かさなかった。

なぜなら、この業界特有の「単価」という考え方があって、開発作業員一人当たりを稼働させるにあたっての「お金」は、下流のほうを担当する人のほうが安い、という風潮があったためだ。つまり、自社よりも単価の安い、外部の会社に発注して、そのプログラミングの作業を担当してもらう、ということだ。なお、お金以外の面もあって、実際には開発ノウハウが自社に無いということもある。いずれにせよ、この会社では独力で「製造」工程を行うことは難しい状況だった。

だからこの会社で行うことと言えば、その「製造」を主に担当する別の会社(ベンダーとか、協力会社と呼ぶ)のコントロールだったり、エンドユーザとの折衝だ。そういう会社に、私は身を置いていた。

そのため、私もそこでは、自分より何歳も年上のおじさんたちに、知ったような顔でアレコレと作業指示をしたり、彼らの作業進捗、スケジュール管理をおこなっていた。同じ会社の先輩や上司もそういう仕事をして、時には、まるで「下請け」のような扱いをして、協力会社の彼らを下に見ている人さえ居た。

要するに、自分たちは「使う側」という意識だったのかもしれない。こんなことを言う先輩が居た。「くれぐれも彼ら(協力会社)を『下』に見てはいけないよ。彼らは作業をお願いしているパートナーなんだから」と。その当時はなぜそのようなことを言うのかその意味が分からなかった。しかし、時を経るごとに、社内にそういう意識で仕事をする人が多いということを知った。だからその先輩は、新入社員の私にそう教えたのだ。今は知らないが、当時はそんなような雰囲気があったのは事実だ。

ただ、幸運だったことは、私は新卒で何も知らないまま現場に入ったので、真っ新な状態で、そのベンダの社員の方々から、様々な考えに触れることができたことだ。業界というか社内のそんな上下関係というのは、正直よく分からない。何のけがれも知らない。ひよっこだ、いやむしろ赤子だ。

今でも覚えている。私の先輩や上司が居る前では敬語で話していた、協力会社の責任者の人が、飲み会の席でいつもと異なる口調でこっそり、こう私に訊いてきた。

「君はどんな道に進みたいの?業務?それとも技術?」

私はこう答えた。

「技術です。どんどんこき使ってください」

若気の至りで調子に乗っていた部分もあったかもしれない。ただ、それは本当にそう思っていた。せっかく技術を追求する職業に就いたのであれば、その道を進みたい、と。私がそう答えた時、その責任者の方は「そうか」とだけ一言返した。一瞬、彼が微笑んだのを、私は見逃さなかった。

そのおかげなのか、それから、そのベンダ会社の人と色んなプロジェクトを経験させてもらったけれど、その人たちから、直接、ソースコードの書き方の作法とかプログラムの勘所とか設計書の見方や作成方法とか、そういう地道な、細かい作業を教えてもらうことが多くなった。

他方で、私と同じ会社の先輩たちは、全くソースコードも見ずに、業務をこなしていた。個人的には、それはそれですごいことだとは思っていた。頭の中で、複雑な仕様がばっちりと理解されているからだ。

しかし、自分にはどうしても出来なかった。分かりにくい日本語で書かれた仕様書を、それも何年も前からメンテナンスもされていない資料を読み解いて、ユーザの業務が改善されるようなシステム要件を検討することはできなかった。システムに絡む問題の根本は「ソースコード」の中にしか無いと思った。そして実際、その通りだという確信を持つことも多かった。

その後、色々な経験をしたが、技術を何も分からない人がアレコレ言っている状況に面するたび、説得力の無さを感じた。そして、何より、実作業(皮肉なことに「下流」と呼ばれる工程)を担当している人を味方につけなければ、何も物事が進まない事態を見て、現場の人たちからの信頼を得ることの大事さを痛感した。

そういったわけで、「現場」で手を動かす人が一番偉い、という考えを、私は持っている。青臭いかもしれないが、社会人生活も十年以上になるけれども、その考えは変わらない。

もちろん、色んな経験をして、上に立つ立場の人がきちんとコントロールしないと、上手くいくものも上手くいかないという状況にぶつかったことも多々ある。だから、管理の立場も超重要なのは知っている。
でも、個人的には、現場主義を貫いていきたい。現場の人が一番大変だし、一番重要。最前線で価値を創出しているのは彼らだから。そして可能なら、自分でも手を動かし続けたいと考えている。

幸運にも、今の職場はそのスタイルを受け入れてもらえている。今後はどうなるか分からないけれど、現時点では。

2.プロ(専門家)

私は、上にも書いたけれど、社会人生活のほとんど全てを、システム関係の仕事が占めていた。しかし、一度だけ、まったく異なる業界に身を置いたことがある。

そこは士業の事務所で、業務独占資格、つまり国家資格を持つ「先生」として、業務を行う人たちが所属する組織だった。そこで、事務員としてのキャリアを経験した。
私は資格を持っていなかったが、大学時代に専攻していた学問の関係で、業務に対する抵抗は少なかった。が、実際に勉強した内容と、実務とでは、大きな差があった。

その事務所は、業界では珍しく、イケイケドンドンの雰囲気を持って、まるでベンチャー企業だった。だから、私のように資格が無い人間でもあらゆる業務を担当させてもらった(もちろん資格が無いと出来ない独占業務はやっていないです)し、営業なんかもさせてもらえた。これは、私の人生の中で非常に有意義な経験をさせてもらったと思っている。

そこでは、私とほとんど年が変わらない人が、「先生」としてお客さんと話し、絶大なる信頼を得ていた、お客さんは彼らに救いを求め、相談前は憂鬱で今にも消えてしまいそうな表情だったのに、相談が終わった後は晴れ晴れとした顔で帰っていく様子を何度も目の当たりにした。私は、そのような姿を見て、「これぞプロだ、専門家だ」と思った。そしてそれは、よくよく見ていると、実際には、資格の有無によるものではなかった。資格が無い同僚も居たが、彼らも堂々と話し、お客さんの抱える問題をズバッと解決に導いていた。その姿はとてもカッコ良く、働く上での私の強いモチベーションになっていった。

彼らは、自分と何が違うのか。資格というか業務に関する知識量が膨大だった。それは彼らが長い時間をかけて、学習し、血や肉にしてきた、そんな知識が前提にあって、あのような「専門家」の姿になるのだろうと思った。
私にはそれが無かったのだ。

それからしばらく勤務した後、私はその事務所を辞めた。そして、思うところあって、システム開発の業界に戻ってきた。勤務した会社は、上で書いたような「下請け」扱いされるようなところだった。二次請け、三次請け、下手したら四次請けのプロジェクトもあった。

新卒で勤めた会社が「使う側」であるなら、その会社は「使われる側」だった。まるでボロ雑巾のように使われ捨てられる経験を味わった。無理なスケジュール、理不尽な要求、深夜残業や休日出勤をしても増えることのない賃金。この業界の闇を見た。

だが、そこで私の胸に常にあったものは、「自分は開発のプロなのだ」という思いだった。
知識が無いのは当たり前。プロジェクトごとに要求される技術も異なる。だからいつでも一から学び直しをしなければならない。けれど、自分は、たとえ三次請けの下請け業者であっても、「開発作業を任されているプロ、専門家」だと自分自身をそう思っていた。だから、現場でいくら辛い当たりをされることがあっても、働くモチベーションを保つことができた。

そしてもう一つ、知ったことがあった。それは、諦めない心だった。
まるで体育会系の部活動で使われる根性論みたいなフレーズだけれど、それは本当に大事なものだった。私が下請け業者として任されたどんな開発作業も、簡単なものは一つも無かった。しかし、諦めなければ、そのどれも一つとして処理できない課題は無かった。

かつて、上で書いた、私が所謂「使う側」の会社に所属していた時、協力会社の人たちはみな、お願いした作業は難なくこなし、一見難しい技術的な要求も、見事に実現させていたことを思い出した。その時、「何でも知っていて何でも出来て、スゲーなぁ」と思っていた。でもそれは違っていた。「ああ、彼らは何でも知っているわけじゃなかったんだ。きっと隅から隅までマニュアルや文献を調べて、試行錯誤を繰り返して、出来るまで、最後の最後まで諦めなかったんだ」と、自分も彼らと同じような立場に身を置いたことで、知ることができた。
そしてそれこそが、プロの心、専門家の矜持だと理解した。

3.生活の豊かさ

これは、お金だけではない。もちろんお金も大事。だけど、もっと大切なことは、自分も、家族も、一緒に過ごす時間をもっと持つこと。豊かさというのは、経済的な余裕もそうだけれど、それよりも精神的な余裕。自分の好きな時間、家族と過ごす時間を持って心豊かに生活すること。

一見、仕事をするうえで、矛盾するような考え方かもしれない。
もちろん仕事をがむしゃらにやればやるほど、得られるものは多い。「若い時に無理したおかげで、今の俺があるんだぜ」的な意見も分かる。が、同時にそれは失うことも多いということを知った。

仕事は大好きで、朝から晩までやる。休日も仕事のことを考える。
それは結構なことだが、そこには「家族との時間」はあるのだろうか。

実際に、人間の脳も身体も1つしか無いし、マルチタスクが出来るわけではない。いや、厳密な意味でのマルチタスクで言えば、A(家族と公園で遊ぶ)際に、隙間時間でB(仕事の課題を検討)して、C(家族とお昼に焼き肉を食べる)間で、D(取引先への依頼メールを作成)とか、短い時間で細切れにして、次から次に切り替えて別作業をこなすことの可能な器用な人も居るだろう。

でも、私には無理だ。やはり、プライベートはプライベートで、仕事は仕事で切り分けたい。「甘ちゃんだな」という批判を承知で言うなら、「ワークライフバランス」が大事。
内閣府のサイトによると、ワーク・ライフ・バランスに関して、こんな記載がある。

「誰もがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たす一方で、子育て・介護の時間や、家庭、地域、自己啓発等にかかる個人の時間を持てる健康で豊かな生活ができるよう、今こそ、社会全体で仕事と生活の双方の調和の実現を希求していかなければならない。」

「仕事は、暮らしを支え、生きがいや喜びをもたらす。同時に、家事・育児、近隣との付き合いなどの生活も暮らしには欠かすことはできないものであり、その充実があってこそ、人生の生きがい、喜びは倍増する。」

http://wwwa.cao.go.jp/wlb/government/20barrier_html/20html/charter.html綺麗ごとな部分も正直ある。けれど、私はこれを限りなく真実に近いと思っている。
仕事にかける情熱はそれ自体で維持できる人も居るだろうけれど、私は自分なり家族なりが生活するうえで満足することを前提としていると思う。他方で、仕事によって稼ぎを得て、生活を送っていく基盤になっていると考える。お金をもらうだけでなく、社会に役立っている実感が、恐らく私生活にも潤いが出てくるように思う。表現は難しいが、仕事と生活がそれぞれに相乗効果を生み出すというか、どちらか一方を犠牲にしてはダメな両輪というか。

まとめ

そういったわけで、以上が、私が仕事をするうえで大切にしている考え方でした。あんまり職業については、記事で触れたことなかった気がしたので、ガッツリ扱ってみました。

実際には、仕事をする上でもそうだけれど、会社や職場選びにおいてもこの3つを基準というか、軸にしている。だから、これらが守れない働き方になってしまいそうであれば、その時の勤務先や職場自体を、少し見直さないといけないと考えている。

最近、良い意味で、すごく落ち着いてきている。言い換えると、仕事がやりやすくなってきている。

だが、それはありがたいことではあるのだけれど、もう少し気を引き締めて行かないといけないかな、と思っている。それで今回、初心に帰ってみた。今、むしろ恵まれていると思うからこそ、仕事をするうえでの考え方は忘れないようにしたい。

今やっている仕事内容も、機会があればどこかで。

長くなりました。では。