あさぶろ日記

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「愛はかげろうのように」を聴いて「今」を改めて大事にしようと思った話。

何故だか分からないけれど、「愛はかげろうのように」(I've Never Been To Me)を改めて聴いてみた。

非常に有名な曲だし、メロディは耳にしたことがあったけれど、きちんと歌詞を読んだことはなかった。動画サイトで流れていて、和訳された歌詞を読みながら曲を聴いていたのだけれど、だんだんと画面に釘付けになっている自分に気付いた。

※記事の一番下にリンク貼っておきます。

特に、歌の途中にある、語り口調のセリフについてがグッと来た。

以下引用。

Hey, you know what paradise is?
It's a lie
A fantasy we create about people and places 
As we'd like them to be
But you know what truth is?
It's that little baby you're holding 
And it's that man you fought with this morning
The same one you're going to make love with tonight
That's truth, that's love

(以下、適当な訳)

幸せって何?そんなものは幻想。
それなら、真実とは?
それは、あなたが抱っこしている小さな赤ん坊だったり、喧嘩したり愛し合ったりするパートナーのこと。
それこそが真実であり、愛ということ。

歌の主人公は、「幸せ」を求めて、贅沢だったり、バカンスだったり、恋だったり、他の人が羨むような経験もしてきたけれども、どうしても自分というものが分からなかった。結局、日常の中にしか、自分の「幸せ」なんて無かった。いつまでも泣き止まない子供だったり、喧嘩ばかりしているパートナーだったり、そういった何気ない日常の中にしか、自分が生きている実感というものは無いのだ。
名曲なので、世の中に色んな和訳や解釈があるかもしれないけれど、私は、そう理解した。

断っておくと、ここで言いたいのは、別に、結婚や子供の居る生活が全てだ、ということではなく、もっと抽象化した、本当に何気ない何でもない日常生活のこの「今」こそが、自分が生きている証拠であり、幸せを感じることのできる瞬間があるじゃないかということだ。

どうしても、就職や受験に失敗したり、仕事が忙しすぎたり、ブラック企業でこき使われたり、パワハラを受けたり、悩みが尽きなかったりして、つい、この「今」から逃げ出したくなったりする。

でも、この「今」というものから逃げ出して、他に理想郷を求めても、きっと無い。あるのは、同じ状況なのかもしれない。
だからと言って、死にそうなのにとにかく耐えなさいということではない。恐らくだけれど、そういった状態になっていると「今」の良さを見失っている可能性がある。それに気付かないで、外にそれを求めても、きっと見つからないという話。それは多分に自戒を込めた話で。

嫌なら、自分が死にそうなら、狂ってしまいそうなら逃げたほうがいい。
だけれど、本当にその「今」を手放して、全て投げ打ってでも、次の場所に求めるものってあるのだろうか。そこで果たして本当に手に入れることができるのだろうか。

恥ずかしながら私は、複数回、転職経験があって、実は、それらは別に「キャリアアップ」のために行ったものではない。「仕方なく」おこなった結果だ。全てのケースがそうではないけれども、中には「逃げるようなカタチ」で職を変えたこともあった。
今でこそ、この環境に納得というか満足しているけれども、本当であれば「ああ、もう少しあの会社で頑張っておけば良かった」と思うことばかりだ。正直、それを夢に見ることも多い。

だからこそ、「今」にしか自分の求める幸せというものが無い、という歌詞(解釈)には強く共感する。

生まれて初めて私が転職した時は、それこそ仕事が辛くて辛くて心を病んだことをきっかけに、その当時勤めていた会社を辞めて別の道にチャレンジすることにした。そこで「死」を選ばなかった自分を称賛したい。

ただ、「もっと方法は無かったのだろうか」と、今でも思う。

正直、その辞めた会社は、知名度は低いものの、福利厚生や給与面などの待遇としては、本当にホワイト企業そのものだった。経営的にも安定していて、給料も普通にはどんどん上がっていって、おかしなことをしなければ定年まで勤めあげて「逃げ切る」ことも可能だった。
だから、精神的なダメージを受けたところで、他に優しい同僚や上司も居たので、少し休んで別の部署で復帰する、ということも出来たと思う。

けれど、私はそうしなかった。自ら退路を断って、会社を辞めてしまった。意地を張っていたのだと思う。その環境の良さには、辞めた後で気付く。住宅ローンを抱えた今なら「どんなつまらない、くだらない仕事でも、そんなにたくさんお金が貰えるなら、適当に肩の力でも抜きながら、黙って働いたほうがいい」なんてことすら思う。けれどもう遅い。

その後、私は全くベンチャーといってもいいような組織で働いた。

前職で600万円近くの年収を貰っていたのに、転職して初めて貰ったひと月分の給料は、たったの8万円だった。もちろん未経験の業界で、何のスキルも持っていなかった私に払えるだけの給料なんてたかがしれているのは分かっている。ただ、当時住んでいた東京のマンションの家賃が11万円ほどだったため、家計的には完全に赤字だった。

朝から晩まで働いた。一度ドロップアウトした自分を少しでも認めてほしくて。
時には、なかなか合意の取れない仕事の関係者の家までアポ無しで押しかけて警察に通報されそうになったり、業務中、何時間も何時間もクライアントから愚痴のような罵倒を繰り返し聞かされたりしながら、それこそ馬車馬のように働いた。ふり返ってみたらなかなかレアな経験をさせてもらったという点ではありがたかった。

だが、色々と理由を付けて、結局そこもまた転職した。

そのようなことを何度か繰り返して、ようやく分かってきたことがある。

「多分、隣の芝生を見続けていたらダメなんじゃないか」ということ。

最初の会社もそうだし、ベンチャーもそうだし、その環境には、当然「嫌だ」「最悪だ」という箇所はある。けれど「良い」という部分もある。
その部分を見ずして、別の場所に、別の芝生の青さを求め続けていても、いつかまた同じ結果になる。
だからまずは、「今」を受け止める。良さを認識する。そのうえで、本当に自分が求めていることは何なのかよく理解しようとしてみる。

現在、運よく今の会社に拾ってもらえて、何とか今まで働くことができている。ありがたいことに、やりたい仕事もさせてもらえていて、働く上での不満はない。そして、だいぶ年数も経ってきて、仕事にも慣れというか、感覚が掴めてきた。そのせいか、「そろそろ他の会社でも通用する力が身についてきたかな」と思ってしまう時がある。

ただ、そういう時に上で書いたようなことを、改めて考え直してみる。「ほかに一体何を求めている?今の環境でそれは得られないのか」と。
そうすると、「ああ、違うな。もう少しここで頑張ろう」と思う。

ただし、惰性で生きていないか、それもよく監視していく必要がある。これまた有名だが、スティージョブズの言葉で、このような話がある。

If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?
And whenever the answer  has been "No." for too many days in a row,
I know I need to change something.

(以下、勝手な適当な訳)

今日が自分の人生最後の日だとして、今日、自分がやろうとしていることは、本当に自分がやりたいことだろうか?
その答えが「違う」という日があまりに長く続くようなら、きっと何かを変える必要があるだろう。

これはジョブズが大学のスピーチで話した内容なのだけれど、その話の後には、こんなことも言っている。

Your time is limited, so don't waste it living someone else's life.

Don't let the noise of others' opinions drown out your inner voice.
Have the courage to follow your heart and intuition.
They somehow already know what you truly want to become.
Everything else is secondary.

(以下、これもまた適当な訳)

人生の時間は限られている。自分ではない誰かの人生のために、自分の時間を無駄遣いするな。

自分の内なる声をちゃんと聴け。他人の言葉なんかに惑わされるな。
勇気を持って心と直感に素直に従うこと。
自分が心からやりたいことをしなさい。それ以外なんかどうでもいい。

スピーチの前後を聴いていると、ジョブズは病に罹った際に「死」というものに直面して、死を前にして失うものなんて何も無いのではないか、誰かのものではない自分の人生を、自分の心が向かうほうに生きたい、そのようなことを考えたのかな、と勝手に思った。

よく、「一度きりしかない人生、転職しちゃおうぜ」みたいな雰囲気があったりする。
それはたしかに一度きりしかないのだけれど、私は何度も失敗しているので、一度きりしかないからこそ、今居る場所でもうちょっと全力出し切ってもいいのかなとも思う。それでも「いやー、まだまだ力持て余すぜ」みたいな状態なら、他にチャレンジするのでもいいかな。個人的には。

色々あったけれど、今の環境は割と恵まれていると思う。恐らくだけれど、恥ずかしい失敗を重ねた結果が、幸運にも今に繋がってるのかもしれない。
だからこそ、もう少し頑張ってみよう。というか頑張ってみたいから。そう思った。今後どうなるか分からないが、少なくとも今は。

長くなってしまった。
話は戻るけれど。良い曲なので、聴いたことのない方は是非。

愛はかげろうのように(I've Never Been To Me)

ーシャーリーン