あさぶろ日記

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職場でおこなう年末年始の挨拶の話。

今日が仕事納めという人もぼちぼち増えてきているこの時期。

私の勤めている会社では、そもそも祝日とか夏休みや冬休みといった休暇制度というか概念が無いところなので、休みたければ有休なりを取得して休むしかない。私も、例年通り、この時期は明日12月30日まで勤務して、大晦日~三箇日の4日間は有休を使って休むようにしている。

今の職場もそうだけれど、今まで勤めていたどの会社も、「仕事納め」の時と、「仕事始め」の時に、なんらかの挨拶をしていた記憶がある。経験したいずれも日系企業だからかな。
挨拶と言っても、全く大々的なものではなくて、年末の仕事納めの日に、同じ部署の同僚や上司、業務上で特に関わりのある他部署の一部の人のところを回って、「いやぁ今年(仕事始めの時は「昨年」)はお世話になりました。来年(仕事始めの時は「今年」)もどうぞよろしくお願いします」といったようなことを、ちょこっと伝えるだけの儀式だ。社外の取引先とかにはメールでそういったことを送ることもある。
よく分からないけど、私は、新卒で勤めた会社で「そういうものなんだ」と教えられて以降「なんとなくやらなくてはいけないもの」として慣習的に(惰性的に)何社か転職しても、同じようになんとなく続けてやってきていた。

実は、私はこの行為が、非常に苦手だった。極度のコミュ障だからなのだろう。普段は何気なく話せる間柄の同僚相手であっても、こうやって形式ばって何か儀礼的な言葉を述べるというのが大の苦手だ。
いや、もしかしたら「普段何気なく話せる」間柄の人なんて職場に居なかった気もする。それは単に、その人と「仕事上コミュニケーションをとる必要がある」から普通に話せていると錯覚しているだけだ。そう考えるとなおさら、業務でありながらちょっと業務とは違う、そんな年末年始の挨拶というのはドキドキ、モヤモヤしてしまう。絶対ぎこちないし変な感じになる。

そうは言っても「こんなの完全に無駄だろ」ということが言いたいわけでもない。きっと無駄ではない。意図は分かる。仕事は一人で出来ないことだし、チームで力を合わせることでどんな仕事も成り立っている。
だから、一緒に仕事をしてきた、言わば仲間たちに、「よくやってくれたね」という労い言葉や、「ありがとう」の感謝の言葉、「これからもよろしく」といった今後の期待の言葉をかけるのは、互いの関係性を良好に保つという点で良いことだと思う。
そのため、これが自分のなかでモヤっていることは、多分に自分の問題であることは十分理解している。

けれど、去年あたり、このようなパンデミックの状況になってから、この文化は急激に変化してきている。この挨拶自体が曖昧になってきているのだ。

リモートで仕事をしていると、そもそも誰がいつ休みに入ったか、こちらから確認しないと分からない。
勤務先では、リモート初期の頃は、「これから勤務始めます」「勤務終了します、お疲れさまでした」「いついつお休みいただきます」みたいなチャットは飛び交っていたのだけれど、ある時、会社の偉い人から「そういう庶務連絡がたくさんあると、必要な情報が埋もれてしまうので、やめましょう」といったお達しがあって以来、突然その習慣は途絶えた。
私はそれも賛成で、そういう庶務連絡が流れてくるといちいちリアクションしなければならず面倒だなぁと思っていた。個人のスケジュールは、社内公開されてるカレンダーを見れば一目瞭然だ。

だから、今では、自分から情報を取りに行く必要がある。業務上、人と人とのコミュニケーションのあり方自体が、言わばアクティブなカタチに変わった。今までは待っていれば誰かが何か情報を持ってきてくれる(=パッシブな)環境だったが、今は、待っていても何も情報は貰えない。貰えたとしても、面倒なものが、「なんでこんな状況になるまで放置してたんだ」というような状況になってから届くことが多い。なので、気づいたところで、手遅れになる前に、自分から働きかけて情報を自ら取りに行く(=アクティブな)環境になっていると思う。

そう考えると、年末年始の挨拶というのは、自分は待っている状態で、誰かが自分のテリトリーみたいなのに侵入してまで、わざわざ挨拶に来るという状況。そして同じく、こちらとしても、業務とは直接には関係ない用事のために、相手のテリトリーに侵入して挨拶をしなければならない状況。もしかしたら私は、そんな理由で、年末年始の挨拶が苦手だったのかもしれない。
リモートでの仕事がメインになった今、一人一人の物理的な距離は確実に離れていて、自分から働きかけなければ、相手との関係は保つことは難しい。「直接会いには行けないし、かと言ってわざわざこのためにテレビ会議繋ぐのもなあ」といった思いから、基本的な業務上のコミュニケーションについては、可能であればメールやチャットで済ませる。
年末年始の挨拶も、そのように変化していっているのかもしれない。

今年は、誰かから挨拶メールが来るだろうか、そして自分も誰かに挨拶メールを送るのだろうか。
普段仕事を一緒にやってくれる仲間への感謝の気持ちは大事だけれど、わざわざ連絡するのも仰々しい感じもする。そう考えると、こういったことは段々と薄れていく慣習なのかもしれない。「年末年始の挨拶なんて無駄なことはいらない。日々の業務が上手くいけばいい」みたいな。現に、私の直属の上長は既に年末の休みに入ったようだけれど、事前にチーム内に向けて特に連絡などは無かった。でもそのことについて私は不義理だとも思わない。逆に、自分もそうしなくてよいのであればラクだとさえ思う。

必要最低限のことしかコミュニケーションをとらない関係。今の私の環境というか状況では、それはとても快適で素晴らしい。
だけど、これが経営者とかフリーランスとか組織から独立した立場であれば、そうも言ってられないのかもなぁと思った。