あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

普通に動くことのありがたさの話。

鼻風邪を引いた。喉も痛かったが、こまめなうがいとトラネキサム酸の服用で、今は大分マシになってきた。
風邪を引くといつもこの歌を思い出す。

supernova
-BUMP OF CHICKEN

この歌の中に、鼻が詰まったりすると今まで呼吸をしていたことに気付く、という内容の歌詞がある。
今までは当たり前のように享受していたことが、失って初めてその大切さに気付くということだ。

仕事もそう。
インフラ関係なんかは特にそうで、動いているのが当たり前。水道、ガス、電気、電車。動いて当たり前。動かなくなった時に人は慌てふためいたり怒ったりして、日常生活の中で如何にそれらが重要な役割を担っていたかを知る。でもそんなことなどつゆほどに気にもかけずに「だって動いて当たり前なんだから」と思う。

会社においても、バックオフィスと言えども、たとえば現場や営業が通常通りに業務を遂行できるようにするために、その下支えをする大事な仕事だったりする。私は事務方部門なので痛感する。普通にしていられる、普通に動く、それは当たり前のことと認識されているけれど、「普通」でいられるために常時監視したり運用をチェックして見直したりといったような仕事をしている人が居る。

日常的に当たり前のように稼働しているものたちは、実は当たり前じゃなくて、緻密に計算されて不断の努力の末に積み重なった上で動いている可能性は多分高い。