あさぶろ日記

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東京での生活と憧れの話。

突然だが、今、私は埼玉に住んでいる。埼玉と一口に言っても広く、ここは都会でもないし田舎でもない場所だが、思ったよりずっと住みやすい街だ。そして現時点でこの生活に不満は無い。その上で、東京に対する私の思いを聞いてほしい。

妻の実家は都内なのだが、泊まらせてもらうたびに、「ああ、これぞ東京の生活なのだ」という思いがする。一種の憧れなのかもしれない。東京での暮らしというか、数多くの世帯が入居するマンションで生活することが、いかにも私の中で「東京」という感じがするのだ。

東京について語る前に、私の居住地遍歴を紹介する。

群馬県(18年)ー生まれてから高校卒業まで。
埼玉県(1年)ー予備校時代を過ごした。
京都府(4年)ー大学時代を過ごした。
東京都(7年)ー就職で上京。保活失敗で転居。
埼玉県(5年目)ー上の子が保育園に入れてから今まで。

私が生まれ育った場所は、関東は片田舎だった。見渡す限りの田園風景と山。でかい川。そして関東内陸工業地帯。家も、古い平屋の一軒家だった。実家付近にはコンビニもスーパーも無い。最寄駅すら歩けば1時間は軽くかかる。そんなところだった。

実家を出て、少し栄えた街で一人暮らしを始めて何が驚いたかというと、自宅から歩いて駅まで行けること。そして駅近くには色んなお店がたくさんあること。電車に乗りさえすれば、目的地まで何もしなくても到着するということだ。
また、マンションであれば、ゴミも決まった日に出す必要がなくていつでも敷地内のゴミ捨て場に出せばいい(もちろんそうでない物件もあるが)し、自分の部屋以外には、自分以外の他人が大勢それぞれの生活を送っている。だから他人に迷惑はかけず、共用部分は綺麗に保った状態にしたりなどする必要がある。他方で、近隣との交流はそれほど無く、引っ越しの時に挨拶するくらい。絶妙な距離感でお互いがお互いの生活の境界線を引いている。「自分の家でありながら、みんなで住んでいる」そんな感覚。
田舎者にとっては全てが衝撃だった。

大学進学したり就職したり転職したりで、色んな土地に移り住んでいくうちに、次第にそのような、マンションまたはアパートといった集合住宅で暮らす生活が当たり前になっていった。

やがて、自分も家庭を持つようになった。

東京で経験したマンション暮らしは快適だったけれど、色々と検討して、結果的に今は埼玉の一軒家に住んでいる。結局、ゴミ捨ては地域のルールに沿って出さなきゃいけないし、家の修繕は何かあるたびに自分でメンテする必要がある。町内会に入って、近隣の人とも仲良くしておくに越したことはない。

マンションとは異なる、かつて実家で自分の親がそうしていたような生活の仕方になった。

ただ、実家に居たときは、歩いてどこにも行けないということに非常に抵抗感があったので、せめて駅の近い場所に住むことにした。探していた条件の場所がタイミング良く見つかったので、小さいながらも家も買った。ローンも組んでしまったので当分ここから引っ越すこともないだろうと思う。そしてこの生活に今のところは満足している。

だからこそ、たまにこうして、嫁さんの実家の都内のマンションに家族でお邪魔して、泊まらせてもらったりすると、かつての気持ちを思い出す。

建物の中に人がたくさん居て、それぞれの生活があって、高い階から眺める朝日や夕日が綺麗で、夏は涼しい風が吹き込んできて、冬は暖かい陽の光を取り込んで。
駅の近くにたくさんお店があって、夜遅くまでお店は開いていて、活気のある商店街があって。
街を歩けば、舗装された真っすぐな道をジョギングして居る人がいて、川沿いが美しく整備されていて、散歩するにも道が広くて。
電車やバスのアクセスが良いので行きたいところにすぐ行けて。

そのような私の中の勝手な「東京」のイメージ像が、現実に触れて「ああ、過ごしやすい街だなぁ」という思いを抱かせる。もちろん実際に住んでいた時には色々なことを思ったし色々な経験もした。必ずしも良い思い出ばかりではなかったはずだ。
けれど、きっと今やもうそこは「住まい」ではないからこそ、たまにこうして過ごしてみると改めてそこに良さを感じるのだろう。もしかしたらそれは「観光」に近いのかもしれない。

田舎から出てきた自分としては、タワマンとか高級車とかよくある大都会の成功者のような生活に憧れていたわけではないけれど、ぼんやりと「普通」の都会暮らしを想像していた。
東京のどこかのマンションに住んで、電車で通勤して、会社に定年まで勤め上げて、と、そうやって生活を送るものだと考えていた。

ところが現実は、その通りではなかった。東京のマンションではなく埼玉の一軒家だし、都内の会社に勤めてはいるが、今では通勤もせず在宅で仕事をしている。転職回数もこの歳では多い方だし、今の勤め先は働きやすいけれども、定年まで勤められるかも分からない。

だけれど、こんな現在も悪くないと思う。かつては想像だにしなかった未来ではある。それでも、色んな選択肢は今まであったわけだが、一つ一つ自分なりに考えて答えを出してきた結果なんだなと振り返ると感慨深い。