あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

There is (always light) で思い出す話。

好きな音楽を紹介して、おっさんが昔話を思い出すだけの話シリーズ。

くるり - There is (always light)

突然だが、私は、くるりというバンドが好きだ。
良い曲がたくさんあるので語りつくせないけれど、個人的に、11月から12月にかけてはいつもこの曲(There is (always light))を思い出す。

初めてこの曲を聴いたのは、2014年の京都音楽博覧会くるり主催の音楽フェス)を観に行った時だったと思う。もしかしたら生で演奏したものを観たわけじゃなかったかもしれない。けれど、その時、ちょうど新作のアルバム「PIER」が発売された直後だったとかで、演者の方が出てくるまでの繋ぎの間、大型スクリーンでこの曲のMVが流れていたと思う。それを観て、なぜか分からないが、強烈に自分の記憶に残ったのを憶えている。スーッと自分の体に、心に、染み入ってくるような感覚がした。

ところで、話は遡るけれど、その2014年は、私にとって非常に変化の大きかった年だった。
ざっくり言ってしまえば当時、私は、

・その年の春、社内でかなり大きいプロジェクトに参画することになり、

・そこでワーカホリックな上司や先輩と仕事をするが折り合いがつかず、

・業後の馴れ合いのようなグループLINEのテンションにもついていけず、

・担当する作業は、死ぬほど単調で退屈にもかかわらず、

・急な依頼が(深夜でも)バンバン来て全部「緊急対応」と言われ、

・休みに関係なく会社関係のLINEのやりとりが四六時中通知され、

・連日の深夜残業や休日出社や夜勤によって、家に居る時間も少なく、

・出産を控えた妻のサポートが全くできない、そんな生活に苦しんで、

結果、その年の秋口に、精神的に参ってしまったのだった。具体的には、ある日、自宅の玄関を開けようとすると、吐き気と腹痛と頭痛がするようになった。よくある体調不良とは違う、頭と体が言うことを聞いてくれない感覚を味わった。

ふり返ればそれまでも、うっすらと予兆はあった。
仕事終わりの深夜、終電もなくなってタクシーを捕まえないと帰れない状況で、会社近くのなか卯に寄って、遅めの夕飯を食べることが多かった。そんな時に「あー、なんかもう死にてえなあ。死んだらラクになるかなぁ。あんな仕事やらなくていいし、あんな人たちと一緒に仕事しなくていいもんなぁ」と何度も思っていた。本気ではなかったつもりだが、グルグルと頭の中を回遊するようにそのような思考が浮かんでは消えていた。

しかしいよいよ、頭だけではなく、身体までもが拒絶反応を起こしているのが分かった。すぐさま妻に相談し、会社を休んで心療内科へ向かった。診断は、うつ病とまではいかないが、「うつ状態」とのことだった。少なくとも3か月は休職したほうがいいとお医者さんから言われた。帰宅してその日の夜、その旨を、震える声で会社へ電話をかけた。すると、課長からは「あっそう。引継ぎだけはしといてよ」とだけ言われた。

そして会社を休職して、しばらくは無気力な日々を送ることになる。何をするでもない。何もしたくない。でもお腹は減る。食べてそして寝るだけ。そのような生活だ。

しかし、ある時、もうじき生まれてくる子供のことを考えて、「このままではだめだ」と思った。
色々と考えた末に、勤めている会社は辞めて、今までとは全く異なる未経験の業界にチャレンジすることにした。そう決めてからは、心身も少しずつ健康になってきている感じがした。調子の良い日は、求人を見て、気になった会社に面接に伺う、ということをしていた。
とはいえ、未経験の壁は思った以上に厚かった。実は私は、大学時代にその分野の学問を専攻していたので、正直「たぶん大丈夫だろう」と甘く考えていたのだが、現実には全く通用しなかった。せっかく調子が良くなってきた心身は、期待や希望が打ち砕かれて、日に日に弱ってきている感じがした。

そのような時に、気分転換として、大好きなくるりを聴こうと、京都音楽博覧会を観に行くことにした。そこで冒頭のこの曲、There is (always light) を聴いた。不思議と、やる気が出るというより、肩の力が抜けていくのを感じた。
そして偶然、妻の友人もそのフェスに来ていて、近況を訊いたところ、彼女も勤めていた会社を辞めるつもりだという話をしていた。「なんだ、みんな悩みながら生きてるんだ。自分だけじゃないんだ」そう私はぼんやりと思ったのを憶えている。

京都から帰ってきて、また同じように、幾つかの会社を受けてみた。すると、今まであれだけ上手くいかなかったのに、なぜかポコポコ選考を通過するようになった。自然体の自分で、目の前の人と話すことができているように思えた。選考に行く前も行った後も、この曲を聴いていたら、なんだか背中を押してもらえるような気がした。
結果、2社から内定を頂くことができた。そして悩みに悩んで、そのうちの1社に入社することを決めた。ちょうど、今のような寒い、12月のことだった。

実は、心を病んでからしばらく、人と話したり会ったりすることが怖くて仕方ない時期があった。でも、この時にはもう「誰かと話したい」「自分が役に立つことをしたい」という気持ちが溢れてきていた。やる気というよりも、心から湧き出てくる、生きる感情というか。それが、くるりの歌のおかげなのかは分からない。でも、音博で聴いたこの曲は、私の足を踏み出す一つのきっかけになったと、勝手に考えている。

今更ながら、歌詞を読み返すと、響くものがあった。

「明日までに晴れるさ」
「生きなければ」

きっと、その歌の歌詞の言葉一つ一つの中から、知らず知らずのうちに、一歩踏み出すエネルギーを貰っていたように思う。

後日談。
その未経験の業界にチャレンジしてしばらくがむしゃらに働いていたけれど、諸事情あって、結果的に、元々いた業界に戻ることになります。その辺の話は長くなるのでまたの機会に・・。