あさぶろ日記

note のほうに書いている記事を保管しているだけです。

夜中に会社のメールを見てしまった話。

ああ、またこんな夜中に会社のメールを見てしまった。

そしてどうして、このように文章を書いているかというと、仕事に関する依頼の連絡がその受信メールの中に含まれていたからだ。詳細は会社用のパソコンを起動してみないと分からないが、面倒な内容だったら嫌だなあと思ってちょっぴり憂鬱になっている。どのような内容かは、パソコンを起動して共有ファイルを見れば分かることだけれど、業務時間でも無いのにそのようなことは出来ない。というか、したくない。
なので、「よく分からないが仕事の依頼が振られているのだな」という思いをしながら業務開始時間まで待つという、生殺しの状態で目が覚めてしまったというわけだ。その状況を文章にして、気を紛らわせているだけだ。

それにしてもどうしてこんなに憂鬱なのだろう。
サラリーマン、向いてないってことかな。
よく「俺はこんな理由でサラリーマン向いてない」みたいなことを耳にするが、「じゃあそういう人は自営業とかなら向いているのか?」と疑問に思うことがある。意地悪な言い方をすれば「サラリーマン向いていない俺は、フリーランスとか個人事業主とか自営業だったらのびのび仕事できるんじゃないかな」という言い訳みたいなことを思ってやしないかと、勘繰ってしまう。私は性格が悪いので。ちょっと「サラリーマン向いてない」って言って何かの隠れ蓑にしてるんじゃないのかなと。

それで言うと、私は、協調性もそれほど無いし、上司からこの上ない評価を貰い続けるほど優秀でもないし、反対に、会社の看板無しに自分の力だけで稼ぐだけの営業力や人脈があるわけでもない。けれど、業務遂行できるだけのそこそこの知識やスキルと、必要最低限のコミュニケーション能力とやらで、なんとか日々発生する業務上の困難を乗り切っている(つもり)だ。
つまり、サラリーマンに向いているわけでもないが、完全に向いていないわけでもないので、現状そこそこ生きていけているという状況だ。

本来、仕事の依頼というのは有難いはずだ。そこに困っている人が居て、すごく響きの良い言い方をすれば、自分の力でそれを解決に導き、自身の価値を高めて、世の中に貢献することが出来る。
でも身もふたもないことを言ってしまえば、サラリーマンにとっては、いや少なくとも私にとっては「給金を安定的に貰い続けること」が最も重要だ。仕事はもちろんあるに越したことはないし、それを捌いていくことで「給金を安定的に貰い続けること」の一手段になるけれど、仕事自体が多すぎたり、ボリュームが大きすぎても良くない。また、仕事の内容が尖りすぎるあまり、自分を傷つける類のものであるとかなりしんどい。
なので、そんなに面倒じゃないしちょっと頑張れば解決できるレベルの仕事が来るのが一番有難い。それでいて、それをこなすことで自分の知識やスキルが少しでも上がる類のものであると、なお良い。経験上その辺りのラインが一番やりがいがあるし、精神衛生上ダメージが少ない。

そうすると、恐らく今この状況は、「一体どんな内容の仕事か」分からないことが憂鬱な気持ちにしているのだろう。
「もしかしたらすげえ面倒な仕事の依頼かも」
「もしかしたらクライアントから苦情が来ているのかも」
「自分が苦手な種類の作業かも」
そういった未知の内容が、より自分を不安にさせる。

じゃあ、上に書いたように詳細を確認すればいいだろうというとそれはそれでしにくい気持ちがある。いざ確認して「あっ、これは簡単な作業だ」というケースならいいが、もし結構ハードなタスクだった場合には、より憂鬱な気持ちになりかねないからだ。だから結局は未知な部分がありながらも、まだ難易度の低い可能性もある今の状況のほうがマシと思ってしまう。
もっと言うと、本来なら「会社のメール自体見ない」場合が一番精神的にラクなんだが。「(会社のメールを)見ていなければ、(面倒な仕事は)存在しない」という、何やらどこか物理の理論で聞いたことがあるような話だ。

ただ、こう書いていたら少し気分は休まった。落ち着いて来た。
結局やるしか無い。業務開始したらやればいいだけ。たとえ面倒でも解決させよう。始まったら終わるのだから。

不真面目な自分を受け入れて、生きていけばいいよね。生きてるだけでいいよ。そう自分に言い聞かせて、筋トレして風呂に入る。(目が覚めたので二度寝はしない)